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異端の白球使い  作者: R.D
全国大会
475/674

氷の解剖医

 セットカウント部長 0 - 2 神宮寺


 第三セット スコア 部長 2 - 8 神宮寺


(…くそっ…!くそっ!くそっ!)


 俺は、心の中で、何度も悪態をついていた。


 息が上がる。


 汗が、滝のように流れる。


 なのに、ネットの向こう側に立つ、あの、神宮寺という男は、涼しい顔で、汗一つかいていない。


 まるで他人事のように、ただ静かに、そこに立っている。


 こいつの、卓球は異常だ。


 速いわけじゃ、ない。


 重いわけでも、ない。


 なのに、俺の体は、鉛のように重い。


 俺のラケットは、空を切るばかり。


 俺がパワーを込めて、ドライブを打とうとすれば、その前に、ネット際に、ぽとりとボールを落とされる。


 俺が繋ごうとすれば、台の角、ギリギリをえぐるような、いやらしいコースを、突いてくる。


 俺の得意な、パワープレーを、させてもらえない。


 俺の土俵で、戦わせてもらえない。


 ポイントを取っても、表情一つ変えやしねえ。


 逆に、俺がポイントを取れば、わざとゆっくりと、間を取り俺のその、燃え上がった闘志の炎を、強制的に冷ましにきやがる。


 リズムも思考も全て、あいつの手のひらの上で、踊らされている。


 まるで精密な機械に、じわじわと解剖されているかのような、屈辱。


(…もう、ダメか…)


 心が、折れかけていた。


 何を、しても通用しない。


 何を、しても読まれている。


 その、絶対的な絶望感の中で、俺は、無意識のうちに、観客席を、見ていた。


 仲間たちの、顔。


 心配そうに、俺を、見つめる、未来。


 そして。


(…しおり…)


 彼女は静かに、こちらを見ていた。


 その瞳には、いつもの氷のような、光が宿っている。


 その瞳を見た瞬間。


 俺の頭の中で、何かが弾けた。


(…そうだ。俺は今まで、力と根性で戦ってきた。だが、あいつ…しおりなら、この状況をどう『分析』する…?)


 俺の思考が、切り替わる。


 熱くなるな。


 考えろ。


 あいつの卓球を、観察しろ。


 あいつの弱点は、どこだ。


(…弱点?ねえよ、あんな機械に)


(いや違う。どんな完璧な機械にも、必ずバグは、あるはずだ)


(あいつの予測は完璧すぎる。それはつまりあいつの、データベースとやらにない動きをすれば、エラーを起こす可能性がある、ということじゃねえのか?)


 前にしおりが俺に言ってきたことを思い出す


(あなたの卓球は、読みやすいし返しやすい、しかしその泥臭い粘りと諦めない心、その二つにおいては、私の予測を凌駕することがあります)



 俺は、吹っ切れた。


 格好なんて、どうでもいい。


 プライドも、何も捨ててやる。


 ただ、勝つ。


 あいつらの、ために。


 次の、ラリー。


 神宮寺の緩い、ナックル性のボールが、俺のフォアへと飛んでくる。


 いつもの俺なら、それを無理やりにでも、ドライブで打ち返していた。


 だが、今の俺は、違う。


 俺はそのボールに対し、ラケットを振らない。


 ただ山なりの回転も、スピードもない「ただ、入れるだけ」の、素人のような返球を、台の真ん中に、高くふわりと返した。


 それはあまりにも、非合理的な、一球。


 その、瞬間だった。


 ネットの向こう側で、神宮寺のその、完璧なポーカーフェイスが、ほんのわずかに、初めて歪んだのを、俺は、見逃さなかった。


 彼の思考ルーチンが、予期せぬエラーに直面したのだ。


 彼の体は、俺の次の強打を、予測していたのだろう。その動きが、コンマ数秒固まる。


 その彼の、僅かな動揺。


 そして観客席から、聞こえてきた、仲間たちの、声援。


「いけー!部長ー!」


 その声が、俺の心の奥底に残っていた、最後の闘志の、炎に、再び火をつけた。


(そうだ、格好なんて、どうでもいい!俺は、あいつらのために、絶対に負けられねえんだ!)


 バグを起こした、精密機械。


 それに対し、魂を取り戻した野獣が、再び牙を剥く。


 次の、神宮寺の、返球は、何かを疑いながらも、渾身のスマッシュを放つ。


 俺は、そのボールへと飛び付くように、一歩深く踏み込み、そして、これまでの鬱憤を、全て晴らすかのように、渾身のフォアハンドスマッシュを、カウンター気味に叩き込んだ!


 部長 3 - 8 神宮寺


 一点。


 たかが、一点。


 だが、その一点は、この試合の流れを、完全に変える、奇跡の始まりの一点だった。


 俺の、大逆転劇が、今、幕を開けたのだ。

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