電光石火への対抗
静寂 11 - 8 竹村
第二セット終了。
セットカウント 2-0。私のリード。
私は、ベンチへと歩き出す。
この試合の結末は、もう見えている。
私のこの「異端」の前には、もはや、どんなものも、意味をなさないのだから。
ベンチに戻り、タオルで汗を拭う。
未来さんが静かに、ドリンクを差し出してくれた。
その彼女の瞳には、賞賛の色が、浮かんでいる。
だが、私の心はもう、冷え切っていた。
「…未来さん」
「はい、しおりさん」
「この試合。もう先の見えた試合ですね。竹村選手には、もう引き出しがない。 正直退屈です」
私のその、冷徹な言葉。
それは、かつての、氷の仮面を被っていた頃の私、そのものだった。
だが、未来さんは動じない。
彼女は静かに、首を横に振った。
「…いいえ、しおりさん。相手はまだ、諦めていません」
「…何が根拠です?彼女の戦術は、全て、私が、無力化しました。それに対して、私の引き出しは、無数に残っている。これ以上、彼女に打つ手はないはずです」
「あの竹村選手の目。そして、相手コーチの、鋭い眼光。 私の観測では、彼女たちの闘志は、まだ少しも衰えていません。手がかりはそれだけです。ですが、私の直感が、そう告げています。彼女たちは、諦めていないと」
未来さんの、その言葉。
その、論理ではなく、直感に基づいた分析。
それは私の、氷の仮面に、再び亀裂を入れるには、十分すぎる、ものだった。
完全に戻るところだった、冷徹な目に、仲間への信頼という、温かい光が灯る。
そうだ。
そうだった。
私は、もう一人じゃない。
私の隣には、この最高の分析者が、いるのだから。
「…分かった」
私は、頷いた。
「未来さんを信じるよ。なら、残りの相手の、取りうる手を、考える必要がありそうだね」
「はい。おそらく、次のセット、彼女は、これまでの全てのデータを捨て、そして全く新しい戦術で、挑んでくるでしょう。それこそ、捨て身の攻撃で」
…捨て身の攻撃、躱すか受けるか…、いや
「ならば、答えは一つです」
私は、ラケットを強く握りしめた。
その瞳には、再び闘志の炎が、冷たく灯る。
「彼女に何もさせない。 その、新しい戦術を、繰り出す前に、私が叩き潰す。攻撃重視への戦略に切り替えて、電光石火で仕留めよう」
私のその決意に、未来さんは、静かに、しかし、力強く頷いた。
インターバル終了を告げるブザーが、鳴り響く。
私は立ち上がり、コートへと向かう。
そうだ。
退屈している暇など、ない。
この、最高の舞台で、この、最高の仲間たちと共に、最高のショーを演じるのだ。