台上の捌き合い(3)
静寂 8 - 4 竹村
ネットの向こう側で、竹村選手が、初めてその表情に、明確な、焦りの色を、浮かべていた。
彼女はようやく、気づき始めたのかもしれない。
自分が迷い込んだ、この台上の迷路の出口が、どこにもない、という事実に。
そして、その迷路の支配者が、ただ一人、私であるという事実に。
サーブ権は私。
私は、ここで彼女のその、最後の希望を、断ち切るための、一手を打つ。
私は、これまでの短いサーブとは、全く異なる、大きな、テイクバックから、サーブを、放った。
それは、誰もがロングサーブを予測する、モーション。
竹村選手の体が、後ろに下がるのを、予測して、僅かに動く。
だが、私が放ったのは、その全ての予測を裏切る、ネット際に、短くそして、高く弾む、ナックルサーブだった。
アンチラバーの面で、ボールの真芯を、叩くことで生み出される、異質な弾道。
それは、彼女の、思考の、前提を、完全に、破壊する、一球。
「――っ!」
彼女は慌てて、前に、駆け込む。
そして、そのバウンドしたボールを、強打しようと、ラケットを振るう。
だがそこには、回転というものが、存在しない。
彼女の、渾身の攻撃は、空を切り、ボールは、彼女のラケットの、下をすり抜けていった。
静寂 9 - 4 竹村
私のサーブ、二本目。
私は、再び、同じ大きな、モーションに入る。
竹村選手の思考は、完全に、迷子になっている。
(…ロングか?ショートか?スピンか?ナックルか?高いのか?低いのか?)
その全ての可能性が、彼女の頭の中で、渦巻いている。
だが、その答えは、その、どれでもない。
私が、放ったのは、赤い裏ソフトの面で、切った、強烈な下回転のロングサーブ。
彼女の、バックサイド深くへと、突き刺さる、あまりにも、オーソドックスな、一球。
彼女はその、あまりの単純さに、深読みをしすぎ、反応が遅れた。
彼女は、必死に、そのボールをドライブで持ち上げる。
だが、その返球は、甘い。
私は、その甘いボールを、待っていた。
一歩踏み込み、そして、ラケットをひらりと、翻す。
赤い、裏ソフトの面。
そして放ったのは、バックハンドでの、ループドライブ
ボールは、ネットの白線の上を、するりと越え、そして、バウンドと同時に鋭く、早いボールへと姿を変える。
彼女は、そのボールの、目測を誤り、返球することができなかった。
静寂 10 - 4 竹村
サーブ権は、竹村選手。
彼女の瞳には、まだ、闘志の炎が燃え上がっている。
彼女は、台上での勝負をやめ、下回転のロングサーブで勝負にでる。
私は、そのサーブをチキータで打ち返し、完璧な二球目攻撃を成功させた。
静寂 11 - 4 竹村
第一セット、終了。
私と竹村選手は、それぞれ振り返り、ベンチへと歩き出した。
この試合の結末は、まだ分からない、そう感じた。