台上の捌き合い(2)
静寂 2 - 0 竹村
(あなたのその得意な土俵。そこで、あなたを上回ってあげる)
ネットの向こう側で、竹村選手が悔しそうに、唇を噛み締めているのが、見えた。
だが、その瞳の光は、まだ消えてはいない。
彼女もまた、この、台上のチェスを、楽しんでいるのだ。
サーブ権が、私に移る。
私は、彼女のその、挑戦的な視線を、真っ向から受け止め、そして、私もまた、下回転のショートサーブから、台上の捌き合いを、挑んだ。
ここからは、純粋な技術と思考の、捌き合いの戦いになる。
ツッツキ、ストップ、フリック。
ミリ単位のコントロールと、コンマ数秒の判断力。
その応酬の中で、竹村選手は感じていた。紙一重で、しおりの方が上だ、と。
私の方が、一枚上手だ、と。
だが、彼女はそれを、認めたくなくて、プライドがそれを、許さなくて、それでも台上の捌き合いを、挑み続ける。
(…なぜ、あなたは、その、戦術に、固執する…?)
私は冷静に、彼女の思考を、分析する。
(あなたのその、体躯の有利を捨ててまで、この土俵で戦うのは、合理的ではない。 私が不利になるのは、ロングでの、打ち合いのはずだ)
そして、私は気づく。
彼女のその、勘違いの根源に。
(…なるほど。あなたはまだ、気づいていないのか)
彼女は私が裏ソフトとアンチラバーを、フォアバック、両方で持ち替えて、カバーしている、という、事実に。
彼女は私が、彼女と同じ、裏ソフト二枚の、選手だと思っている。
試合前の、相手のラバーの確認、アンチラバーの見た目は、裏ソフトと似ている、メーカーの名前を見るか、触るかしないと、意外と気付けないのだ。
だから彼女は、台上の細かいプレーで、私に勝てると、信じている。
だが、現実は違う。
私には、彼女の倍の選択肢が、ある。
ナックルと、スピン。
殺すボールと、生かすボール。
その、無限の組み合わせが、ある。
そこに気づけない、竹村選手は、私のその、幻惑の前に、じわじわと、しかし確実に追い詰められていく。
私のアンチでのストップが、彼女の、予測を裏切る。
私の裏ソフトでのチキータが、彼女の、逆を突く。
どんどん点差ができ、スコアは8-4で、私のリードとなった。
ネットの向こう側で、竹村選手が、初めて、その表情に、明確な、焦りの色を、浮かべていた。
彼女はようやく、気づき始めたのかもしれない。
自分が迷い込んだ、この盤上の迷路の出口が、どこにもない、という事実に。
そして、その迷路の支配者が、ただ一人、私である、という、事実に。