終わった一回戦
ベンチに戻ると、未来さんが、いつものように、静かにタオルとドリンクを、差し出してくれた。
「…お見事でした、しおりさん。完璧なゲームでしたね」
「…はい。ありがとうございます」
私は、それだけを答え、そして、彼女と共に観客席の、仲間たちの元へと戻った。
観客席に戻る頃には、私のあの、試合中の異常なまでの冷徹さは霧散し、私は落ち着いて、いつもの私へと、戻っていた。
私たちが観客席に着くと同時に、部長が立ち上がり、目印になる。
その顔には、満面の笑みが、浮かんでいる。
「どうだしおり!お前より、早く勝ったぜ!」
得意気な、部長。
その、あまりにも子供のような物言いに、私はほんの少しだけ、口元を、緩ませた。
「私の相手はパワー型の、粘り強い選手。試合時間が、長くなるのは、当然の帰結です。それに、私の方が、試合開始は遅かった」
「ぐっ…!相変わらず、可愛くねえ言い方しやがって…!」
その私たちの、いつも通りの、やり取り。
それを見て、あおは安堵したように、胸を撫で下ろし、あかねさんは、楽しそうに笑っている。
「まあ、二人とも、お疲れ様です、休憩に、しましょう」
未来さんがそう、言って、その場をまとめた。
私たちは、ベンチに腰掛け、それぞれの、試合を振り返る。
「…山下選手ですが」
私が、口火を切った。
「パワー系統の戦い方としては、部長の下位互換でしたね。故に、対処は容易でした」
その私の、あまりにも冷淡な評価に、あかねさんと、あおが、少しだけ顔を引きつらせる。
だが部長は、それを豪快に、笑い飛ばした。
「はっはっは!そりゃそうだろ!中学三年の、女子と男子の身体能力を比べたら、可哀想だぜ!」
「そうだな」と顧問の先生が、頷いた。
「特に、中学生の時期は、男女の筋肉の発達の違いが、最も顕著に現れる。男子は、女子に比べて、筋繊維が太く、そして数も多い。瞬発的なパワーでは、どうしても、差が出てしまうんだ」
先生のその、専門的な解説。
そして、部長は続ける。
「俺とまともに打ち合えるお前が異常なだけなんだがな…、まあ俺の方も、楽な試合だったぜ。相手は変化球を主体とする選手だったが、正直お前と比べると、温かったな」
その、言葉。
それは、彼なりの、私への、最大限の賞賛。
そして私を、一人の選手として、認めてくれている、という、何よりの証。
「…当然です」
私は、そう言って、静かに、頷いた。
その、私たちの、認め合う姿。
それを、仲間たちが、温かい眼差しで見守っていた。
シングルス一回戦は、終わった。
勝った報酬として、つかの間の休息を、私たちは受け取った