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異端の白球使い  作者: R.D
全国大会
460/674

VSパワー(8)

 インターバル終了を告げるブザーが、鳴り響く。


 私は立ち上がり、コートへと向かう。


 ショータイムは、もう終わりだ。


(…面白い、実験でした)


 私の思考は、第二セットのデータを、完璧に分析し、そして結論を導き出していた。


(あなたのパワー、あなたの執念、全て観測し、そして私の中へと取り込んだ。もうあなたが、私に提示できる、新しい変数は、存在しない)


 私はコートの向こう側で、必死に闘志を奮い立たせる山下選手を、見つめた。


 その瞳には、もはや、何の興味もない。


 ただ「もう、飽きた」とでも、言わんばかりに、冷徹な光だけが、宿っていた。


(あなたの戦い方は、もう全て見切りました。パワープレーも、変化も、YGサーブも。私の思考は、あなたの全ての行動パターンを、既に予測し、そして、その最適解を、導き出しています)


(このゲームは、もはや対話ではない。ただの作業だ)


 第三セット。セットカウント 静寂 2 - 0 山下。


 私のサーブから、始まる。


 私は、ボールを、手の中で、弄ぶ。


 そして放ったのは、これまでの、どのサーブとも違う、あまりにもシンプルで、そして無慈悲な、一球。


 回転もコースも平凡な、下回転サーブ。


 だが、そのタイミングと深さだけが、彼女の思考の、ほんの僅かな隙間を、的確に突いていた。


 山下選手は、そのあまりにも、普通のサーブに、戸惑い、裏を読む、ナックルと読んだのだろう、卓球での回転の読み間違いは、致命的な隙となり、レシーブが甘くなる。


 私は、その3球目を、見逃さない。


 一歩踏み込み、彼女のバックサイドへと、鋭いドライブを叩き込む。


 静寂 1 - 0 山下


 私の、二本目のサーブ。


 同じ構え。同じ、モーション。


 だがそこから、繰り出されるのは、今度は、強烈なナックルロングサーブ。


 山下選手の、思考が追いつかない。


 彼女のラケットは、空を切った。


 静寂 2 - 0 山下


 そこからは、まさに、一方的な、蹂躙だった。


 私がサーブの時は、相手の思考の裏をかき続け、エースを奪うか、あるいは完璧な三球目攻撃で、仕留める。


 彼女がサーブの時は、その全てのサーブの意図を、読み切り、チキータやストップ、そして、カウンターで彼女に、一切の主導権を与えない。


 私たちの試合を見ていた観客席が、静まり返っている。


 誰もが息をのみ、そして、目の前で繰り広げられる、そのあまりにも、一方的な光景に、言葉を失っていた。


 それはもはや、試合ではない。


 絶対的な捕食者が、その獲物を、ただ淡々と解体していく作業。


 観客席の葵が、青い顔で、私を見ている。


 あかねさんが、心配そうに、祈るように、手を組んでいる。


 未来さんが、その深淵のような瞳で、私のその、変貌を、冷静に分析している。


 部長が、固唾をのんで、その戦いの行方を、見守っている。


 彼らの想いが、痛いほど伝わってくる。


 だが今の私には、もう何も、届かない。


 私の心は再び、あの厚い氷の、壁の中にある。


 静寂 8 - 2 山下


 静寂 9 - 2 山下


 静寂 10 - 2 山下


 マッチポイント。


 私の、サーブ。


 私は最後に、もう一度だけ、彼女に問いかけた。


 あなたの心は、まだ折れていないのですか?と。


 私が放ったのは、彼女が最も、得意とするであろう、フォア側へのロングサーブ。


 打ち合いを望むという、最後のメッセージ。


 山下選手は、その私の意図を、感じ取ったのだろう。


 彼女は最後の力を振り絞り、そして、渾身のドライブを、叩き込んできた。


 その一球には、彼女の、卓球選手としての、全ての誇りと、そして、意地が込められていた。


 だが。


 その彼女の、魂の一撃も。


 私の黒いラバーの前では、あまりにも無力だった。


 私は、そのドライブを、いとも簡単にいなし、そして、彼女のいない、オープンスペースへと、静かにボールを、送り込んだ。


 ボールは静かに、ツーバウンドした。


 静寂 11 - 2 山下


 試合終了の、コールが、響く。


「…ありがとうございました。」


 私は、ネットの向こう側で、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちる、山下選手に、一瞥もくれず、ベンチへと歩き出した。


 何の、感情も、ない。


 何の、喜びも、ない。


 ただ、一つの、タスクが、終わっただけ。


 それが、今の私にとっての「勝利」の、意味だった。


 私の全国大会は、こうして静かに、そして、あまりにも冷徹に、その幕を開けたのだ。

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