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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 一回戦

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異端 vs 堅実者

 第5コートに、私と対戦相手の選手が向かい合って立つ。彼女の名前は、三島さんの資料によれば「高橋たかはし もも」となっていた。


 右シェークドライブ型。昨年度の県ベスト8、彼女の纏う雰囲気は落ち着いている。


 地区予選2位という結果は、彼女にとって本意ではなかったのだろう、何かアクシデントがあったと考えるのが自然だ。


 瞳の奥には、この県大会で雪辱を果たそうという、静かだが強い意志が感じられた。


「お願いします!」「…おねがいします」


 お互いの声と共に、試合が始まった。


 私のサーブから、裏ソフトの面で、高橋選手のフォア側へ、短く鋭い下回転サーブ。


 彼女は、それを冷静に見極め、安定したツッツキで私のバックサイド深くに返してきた。


 ボールの回転はしっかりと残っており、コースも厳しい。さすがは元ベスト8、というところか。


 私は、その深いツッツキに対し、一瞬早く打点を捉え、ラケットをスーパーアンチの面に持ち替え、彼女のフォア前に、ナックル性の「ストップ」を送り込んだ。


 高橋選手は、一瞬、私のラケット面の変化と、ボールの失速に戸惑った表情を見せたが、素早いフットワークで前に踏み込み、ラケット面を被せるようにして、そのナックルボールを丁寧に私のバックサイドへプッシュしてきた。


 …対応が速い。そして、ナックル処理が的確だ。市町村大会の相手とは、明らかにレベルが違う。


 私は、そのプッシュに対し、再びラケットを持ち替え、今度は裏ソフトの面で、彼女のフォアサイドを切るような、鋭いドライブを放った。


 私の得意とする攻撃の一つだ。


 ギュン!と、ボールが空気を切り裂く音が響く。


 しかし、高橋選手は、そのドライブのコースを読んでいたかのように、完璧なタイミングでフォアハンドブロックの体勢に入っていた。


 ボールは、彼女のラケットに当たり、ネットを低く越え、私のフォアサイドへと返ってきた。


 …読まれている。ドライブの軌道を、彼女は既に見切っている…? それとも、単なるヤマカンか。


 ラリーが続く。


 私がスーパーアンチで変化をつければ、彼女は慎重に、しかし確実に繋いでくる。


 私が裏ソフトで攻撃を仕掛ければ、彼女は鉄壁のブロックでそれを跳ね返してくる。


 私の「異端」な戦術は、確かに彼女を戸惑わせてはいるが、市町村大会の時のように、それだけで相手が崩れていくような展開にはならない。


 静寂 3 - 4 高橋


 序盤は、互角の攻防。むしろ、私がわずかにリードを許している。


 彼女の安定したプレーと、私の変化球に対する冷静な対応は、私の予想を上回っていた。


 …彼女は、私の「異端」を、ある程度予測し、対策を練ってきている。


 地区予選2位という結果は、やはり何らかの「アクシデント」だった可能性が高い。本来の実力は、この程度ではない。


 私の脳裏に、部長の言葉が蘇る。


「お前のその『異端』も、そう簡単には通用しねえかもしれねえからな!」


 …ならば、こちらも、さらにギアを上げるしかない。


 次のポイント。


 高橋選手のサーブ。彼女は、私を揺さぶろうと、フォア側とバック側、そして長短を織り交ぜたサーブを巧みに使ってくる。


 私は、ここでマルチプル・ストップ戦術を試みることにした。


 まだムラがあるが、しかし決まれば相手を揺さぶることができる、私の新たな武器。


 彼女のフォア前への短い下回転サーブ。


 私は、同じように見えるコンパクトなモーションから、インパクトの瞬間にスーパーアンチの面に持ち替え、ボールの側面後方を、シルクで埃を払うように、そっと、しかし正確な角度で触れた。


 カッ…という、ごく微かな音。


 ボールは、強烈な下回転のエネルギーを完全に吸収され、推進力を失い、しかし、ラケット面で与えられたわずかな横方向へのベクトルによって、ネットすれすれを、まるで糸で引かれるかのように、ゆっくりと、しかし鋭く横に切れながら、相手コートのサイドラインぎりぎりに、ぽとりと落ちた。


 昨夜、部長との練習で、ようやくコツを掴みかけた、あの「デッドストップ・サイドスピン」だ。


「なっ…!?」


 高橋選手の体が、完全に固まった。彼女が予測していたのは、通常のツッツキか、あるいはナックルストップ。


 まさか、同じモーションから、これほどまでに複雑で、いやらしい軌道のボールが来るとは、夢にも思っていなかっただろう。彼女は、そのボールに対して、一歩も動けなかった。


 静寂 4 - 4 高橋


 …成功。この大舞台の、この緊張感の中で、あの「コツ」を再現できた。だが、これはまだ、一度きりの成功かもしれない。


 体育館の、私たちのコートの周りで見ていた観客たちから、再びどよめきが起こる。


「今の、何だ?」「ボールが消えたように見えたぞ…」


 高橋選手は、まだ信じられないといった表情で、ボールが落ちた場所を見つめている。彼女の顔に、明らかな動揺の色が浮かび上がっていた。


 この一点が、試合の流れを、わずかに私の方へと引き寄せ始めたのかもしれない。


 私は、静かに息を整え、次の相手のサーブを待った。

 私の「異端」の真価が、今、試されている。


 そして、私の心臓は、この極限の戦いの中で、冷たく、そして確かな興奮を感じていた。

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