東京(3)
露天風呂から見える、東京の夜景。
それはまるで、宝石箱を、ひっくり返したかのように、キラキラと輝いていた。
私たちはしばらく、その光景に、見惚れていた。
長旅の疲れと、そして、心の緊張が、温かいお湯の中に、ゆっくりと溶けていくようだった。
お風呂から上がり、部屋に戻る。
私は、部屋に備え付けられていた、ティーセットで、ココアを、淹れた。
あの日神社で、未来さんが淹れてくれた、ココアの、味を思い出しながら。
「はい、あお。どうぞ」
「わ、ありがとう、しおり!」
私たちは、ベッドに並んで腰掛け、その温かいココアを飲む。
窓の外には、東京の、眠らない夜景が、広がっている。
「…なんだか、不思議な、感じだな」
あおが、ぽつりと、呟いた。
「え?」
「だってまさか、こんな形で、しおりと旅行できるなんて、思わなかったから。」
彼女はそう言って、少しだけ寂しそうに、そして、それ以上に、嬉しそうに笑った。
「私ね、ずっと夢見てたんだ。もう一度しおりと一緒に、どこかへ行きたいなって。お祭りに行ったり、水族館に行ったり。昔二人で、約束した、みたいに」
その言葉に、私の胸の奥が、痛んだ。
そうだ。
私たちは、たくさんの約束をしていた。
その、全てを壊して、そして彼女の前から、消えたのは、私自身だ。
「…ごめんね、あお。私…」
私が、そう言いかけると、彼女は、慌てて首を横に、振った。
「ううん!謝らないで、しおり!もういいの。分かってるから。全部」
彼女はそう言って、私の手を、ぎゅっと握りしめた。
「それにね今こうして、しおりの隣にいられる。一緒に、東京に来れた。それだけで、私はもう、十分すぎるくらい、幸せだよ」
その、あまりにも、真っ直ぐな瞳。
その、どこまでも、温かい想い。
私の思考ルーチンは、その膨大な感情のデータを、どう、処理すればいいのか、分からない。
ただ、胸の奥が、ぽかぽかと、温かくなっていくのを感じるだけ。
「…私も、」
私が、かろうじて、そう答えると、彼女は、満面の笑みを、見せた。
「明日は、いよいよ全国大会だね。しおりなら、絶対に、大丈夫だよ。私が、ついてるから!」
「うん」
「緊張、してる?」
「…ううん」
「ふふっ。そっか。頼もしいな、私のヒーローは」
その他愛のない、会話。
それが、私の心をゆっくりと、解きほぐしていく。
やがて私たちは、ココアを飲み干した。
時計の針は、もう10時を、回っている。
「…さて」
私が、そう、言って、立ち上がった。
「いい時間だから、もう、寝よう。明日の試合に備えなければ」
「うん、そうだね!」
私たちは、並んでベッドに入る。
その感触も、またあの日、私の家で、泊まった時と、同じ。
隣で、あおの、静かな寝息が、聞こえ始める。
その音を聞きながら、私の意識もまた、ゆっくりと、眠りの、海へと、沈んでいった。
決戦は、もうすぐ、そこまで、来ている。
その朝を、私はもう一人で、迎えるのでは、ない。
その、事実が、私に、これまでにないほどの、勇気と、そして、安らぎを与えてくれていた。