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異端の白球使い  作者: R.D
全国大会
449/674

東京(3)

 露天風呂から見える、東京の夜景。


 それはまるで、宝石箱を、ひっくり返したかのように、キラキラと輝いていた。


 私たちはしばらく、その光景に、見惚れていた。


 長旅の疲れと、そして、心の緊張が、温かいお湯の中に、ゆっくりと溶けていくようだった。


 お風呂から上がり、部屋に戻る。


 私は、部屋に備え付けられていた、ティーセットで、ココアを、淹れた。


 あの日神社で、未来さんが淹れてくれた、ココアの、味を思い出しながら。


「はい、あお。どうぞ」


「わ、ありがとう、しおり!」


 私たちは、ベッドに並んで腰掛け、その温かいココアを飲む。


 窓の外には、東京の、眠らない夜景が、広がっている。


「…なんだか、不思議な、感じだな」


 あおが、ぽつりと、呟いた。


「え?」


「だってまさか、こんな形で、しおりと旅行できるなんて、思わなかったから。」


 彼女はそう言って、少しだけ寂しそうに、そして、それ以上に、嬉しそうに笑った。


「私ね、ずっと夢見てたんだ。もう一度しおりと一緒に、どこかへ行きたいなって。お祭りに行ったり、水族館に行ったり。昔二人で、約束した、みたいに」


 その言葉に、私の胸の奥が、痛んだ。


 そうだ。


 私たちは、たくさんの約束をしていた。


 その、全てを壊して、そして彼女の前から、消えたのは、私自身だ。


「…ごめんね、あお。私…」


 私が、そう言いかけると、彼女は、慌てて首を横に、振った。


「ううん!謝らないで、しおり!もういいの。分かってるから。全部」


 彼女はそう言って、私の手を、ぎゅっと握りしめた。


「それにね今こうして、しおりの隣にいられる。一緒に、東京に来れた。それだけで、私はもう、十分すぎるくらい、幸せだよ」


 その、あまりにも、真っ直ぐな瞳。


 その、どこまでも、温かい想い。


 私の思考ルーチンは、その膨大な感情のデータを、どう、処理すればいいのか、分からない。


 ただ、胸の奥が、ぽかぽかと、温かくなっていくのを感じるだけ。


「…私も、」


 私が、かろうじて、そう答えると、彼女は、満面の笑みを、見せた。


「明日は、いよいよ全国大会だね。しおりなら、絶対に、大丈夫だよ。私が、ついてるから!」


「うん」


「緊張、してる?」


「…ううん」


「ふふっ。そっか。頼もしいな、私のヒーローは」


 その他愛のない、会話。


 それが、私の心をゆっくりと、解きほぐしていく。


 やがて私たちは、ココアを飲み干した。


 時計の針は、もう10時を、回っている。


「…さて」


 私が、そう、言って、立ち上がった。


「いい時間だから、もう、寝よう。明日の試合に備えなければ」


「うん、そうだね!」


 私たちは、並んでベッドに入る。


 その感触も、またあの日、私の家で、泊まった時と、同じ。


 隣で、あおの、静かな寝息が、聞こえ始める。


 その音を聞きながら、私の意識もまた、ゆっくりと、眠りの、海へと、沈んでいった。


 決戦は、もうすぐ、そこまで、来ている。


 その朝を、私はもう一人で、迎えるのでは、ない。


 その、事実が、私に、これまでにないほどの、勇気と、そして、安らぎを与えてくれていた。

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