一月一日の夜
年賀状に目を通してから、私はキッチンへと、向かい、ココアを淹れた。
その甘く温かい液体が、私の心をさらに、落ち着かせていく。
私は、カップを置き、そして迷うことなく、あの練習室の、ドアを開けた。
ひんやりとした空気と、ラバーの匂いが、私を迎える。
ここが、私の、聖域。
ここが、私の、戦場。
私は、卓球マシンの、スイッチを入れた。
そして、毎日、私が、私自身に課したメニュー。
フットワークの練習を、開始した。
マシンから放たれる、弾丸のようなボール。
フォアとバックに、交互に、そしてランダムに振られるそのボールに対し、私は舞うようにステップを、踏む。
そして、その全てのボールを、アンチラバーと裏ソフトで、不規則に返していく。
フォアに来たボールを、裏ソフトでドライブ。
バックに来たボールを、アンチで、アンチドライブ。
あるいは、その逆。
高速で動きながら、ラケットを持ち替え、そして、異なる球質を、打ち分ける。
それは、常人には不可能、いや、常人はこんな奇策に頼る必要がないから、不可能なのだろう。
(…いい。動きの精度は、上がっている。コントロールも、問題ない)
練習をしながら、思う。
この練習を、欠かさずやって、もう数年が経つ。
技術は、確かに上がっている。
私の技術は、日々進化し、そして洗練されていく。
(だが…)
私の思考に、一つの疑問が、浮かび上がる。
(…なぜ、体力だけは、つかないのだろうか)
息が、上がる。
足が、重くなる。
肺が、悲鳴を、上げる。
この、身体的な限界は、私がどれだけ努力をしても、決して越えることが、できない壁。
(やはり、過去の、成長期に食べた量が少なかったのが、問題なのか。 それとも、これはどうしようもない体質なのか)
(そんな、医学知識のない私には、分からない)
その理不尽さに、ほんのわずかに、心が揺らぐ。
もし私に、部長のような、体格と体力があったなら。
もし私に、あかねさんのような、天性の明るさが、あったなら。
(…いや)
私は、その思考を、振り払う。
(それも含めて、納得して、この戦術を、取るように、なったんだ)
そうだ。
この、非力さ。
この、脆さ。
それら全てを補って、そしてそれすらも武器として利用するために、私は、この道を、選んだのだ。
これが、私だ。
私は再び、マシンへと向き直る。
その瞳にはもう、迷いはない。
ただひたすらに、ボールを、打ち返す。
日付が、変わるまで。
そして、変わった後も。
私のその、狂気にも満ちた練習量は、誰に知られるでもなく、静かな部屋に、ただ響き渡る、これまでも、これからも
全国の頂という、ただ一つの、目的だけを見据えて。