表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の白球使い  作者: R.D
県大会編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/694

異端者と県大会

 バスの揺れが、私の思考を現実へと引き戻す。


 窓の外には、見慣れない景色が流れ、やがて目的地の巨大な体育館が見えてきた。県大会の会場だ。


 バスを降りると、むっとするような熱気と、大勢の人々のざわめきが、私を包み込んだ。


 …これが、県大会の空気か。市町村大会とは、規模も、そして選手のレベルも比較にならなそうだ。


 体育館の入り口には、様々な中学校のユニフォームに身を包んだ選手たちが、緊張と期待の入り混じった表情で集まっている。


 その中には、あかねさんが集めてくれた資料で見た、強豪校のエンブレムも散見された。


 彼ら一人ひとりが、それぞれの思いを胸に、この舞台に立っているのだ。


「おーい、静寂!こっちだ、こっち!」


 大きな声に呼ばれ振り返ると、そこには既に到着していた部長と、あかねさんの姿があった。


 部長は、いつものように自信に満ち溢れた表情で、しかしその瞳の奥には、普段以上の鋭い光が宿っている。


 三島さんは、少し緊張した面持ちで、しかし私を見つけると、ほっとしたように微笑んだ。


「しおりさん、おはようございます!いよいよだね、県大会!」


「…おはようございます、あかねさん。部長も」


 私は、いつも通りの落ち着いたトーンで挨拶を返す。


 しかし、私の内面では、この会場の熱気と、これから始まるであろう未知の戦いへの静かな高揚感が、確実に脈打っていた。


 受付を済ませ、割り当てられた選手控え場所へと向かう。


 体育館の中は、ボールが床を叩く音、選手たちの掛け声、そして観客席からの応援の声が反響し、一種独特の喧騒を生み出している。


 私の「静寂な世界」とは対極にある、しかし、どこか心地よい緊張感を伴う空間。


 ウォーミングアップのため、空いている卓球台を見つけ、ラケットを取り出す。


 スーパーアンチと裏ソフト、私の「異端」の武器たち。


 昨夜、入念に手入れしたラケットの感触が、指先にしっくりと馴染む。


 …まずは、目の前の一戦一戦を、確実に勝利する。そして、データを収集し、私の卓球をさらに最適化する。


 私は、軽く素振りをしながら、今日の初戦の相手について、あかねさんがまとめてくれた資料の内容を反芻する。


 相手は、地区予選を2位で通過してきた選手。


 プレースタイルはオーソドックスな右シェークドライブ型。


 特筆すべき弱点は見当たらないが、逆に言えば、突出した武器もない。


 私の「異端」な戦術が、初見の相手にどこまで通用するかを試すには、格好の相手と言えるかもしれない。


「静寂、調子はどうだ?」


 部長が、自分のウォーミングアップを終えたのか、私の隣に来て声をかけてきた。


「…問題ありません。体は、昨夜の練習の疲労もほぼ回復しています。思考もクリアです」


「そうか。ならいい。だが、油断はするなよ。県大会の初戦ってのは、誰だって緊張するもんだ。自分の卓球を、落ち着いてやるんだぞ」


 彼の言葉は、いつものような熱血調ではなく、どこか先輩としての気遣いが感じられるものだった。


「…はい」


 私は、短く頷く。


「しおりさん、これ、試合前に!」


 あかねさんが、スポーツドリンクと、個包装されたエネルギーバーのようなものを差し出してきた。


「ありがとうございます、あかねさん」


「頑張ってくださいね! 私、ずっと応援してますから!」


 彼女の屈託のない笑顔は、この殺伐としがちな戦いの場で、不思議と私の心を落ち着かせる効果があった。


 やがて、館内アナウンスが、女子シングルス一回戦の開始を告げる。私の名前が呼ばれた。


「静寂しおりさん、第5コートへお越しください」


 …始まる。


 私は、ラケットを握りしめ、静かに立ち上がった。


 部長とあかねさんの視線を感じながら、私は、ゆっくりと、しかし確かな足取りで、第5コートへと向かう。


 私の「異端の白球」が、今、この県大会という新たな舞台で、その真価を問われようとしていた。


 そして、私の心の奥底に潜む、あの名状しがたい「影」もまた、この戦いの中で、どのような形で姿を現すのだろうか。


 答えは、まだ、誰も知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ