願い事
「…ええ、あお。私たちの、新しい一年の始まりが、ここから始まるんだよ」
その声は、自分でも、驚くほど明るく、そして、希望に満ちていた。
私たちの、長い長い夜は明け、そして、新しい朝が、始まろうとしていた。
私たちは、あかねさんに導かれるまま、本殿へと向かう。
それまで、下の境内で騒いでいた、人々の喧騒が、嘘のように、この場所は、静かで、そして厳かな空気に満ちていた。
私たちは、順番に、賽銭箱の前に立ち、そして静かに、手を合わせる。
________________________________
(…神様か…、俺は、こういうのは、よく分からねえ。だが、もしいるんなら、聞いてくれ)
俺は強く、目を閉じた。
(俺としおりが、全国で優勝できるように。…いや、違うな。そんなこたあ、俺たちの力で、どうにかする、しなきゃならねえ…、)
(そうじゃねえ。頼む。俺のこの、不器用な、優しい仲間たちを、守ってやってくれ。しおりがこれ以上、傷つかねえように。あかねが、いつも笑っていられるように。未来が自分の、道を見つけられるように。そして、葵が、報われるように)
(…ああそうだ。後藤と、風花のことも頼む。あいつらが、また昔みたいに笑い合える日が、来るように。…頼んだぜ)
_______________________________
(神様、お願いします!)
私は、ぎゅっと、目を瞑り、パンパン!と、大きな音で、手を合わせた。
今の私の願い事、昔は何を願っていたっけ…?
覚えてないぐらいのことしか、願ってなかったのかな?
でも今は違うかも、明確な願い事が、今の私にはある。
(部長先輩と、しおりちゃんが、全国大会で優勝できますように! そして、私が、マネージャーとして、もっともっと、みんなの力に、なれますように!)
私も、一年で変われたのかな。
漠然と一日を過ごしていた去年とは違い、今の私には新しい景色が見える。
私は、その景色の続きがみたい
この先、どんな景色が見える場所に連れていってくれるんだろう。
_________________________________
私は静に手を合わせ、そして目を閉じた。
初めての経験だ、なんて神秘的で、幻想的な風習なのだろう。
私の、初めての祈り
私が神様に思う、初めての願い
(…より良い未来を。 私にとって、そして、彼女たちにとって。皆が笑い、そんな未来を)
私の、その漠然とした、祈りは、誰よりも具体的で、そして、切実な願いだったのかもしれない。
_______________________________
私の、祈る相手は、決まっている。
(神様、お願いします。どうか、どうか、しおりのことを、守ってください)
(彼女がもう、二度と傷つかないように。彼女のその、氷の仮面が、完全に溶けて、昔みたいに、心から笑える日が、一日でも早く、来ますように)
(そして、その笑顔を、一番近くで、見ていられるのが、私で、ありますように…)
私の願いは、いつだって、ただ一つだけだ。
_______________________________
私は、作法も何も分からずに、ただ、みんなの真似をして手を合わせた。
何を、祈ればいいのだろうか。
全国大会優勝?
自分の心の回復?
(…分からない)
私には、まだ、自分の願いというものが、よく分からない。
だから私はただ、心に浮かんだ、仲間たちの顔を一人一人、思い浮かべた。
部長。あかねさん。未来さん。そして、隣で、私以上に、私のことを祈ってくれている、あお。
(…みんながどうか、幸せでありますように)
(…彼らが、これからも、ずっと笑っていられますように)
それは、自分以外の、誰かのための、祈りだった。
それぞれの祈りを終え、私たちは、顔を上げた。
その表情は、皆、どこか清々しく、そして新しい決意に、満ちていた。
私たちの、新しい一年が、今、確かに、始まったのだ。




