年越し(5)
私たちは、そうやって、新しい年の始まりを、静かに、そして、温かく待っていた。
境内は、下のお祭りの喧騒が、嘘のように静かだ。時折、他の参拝客の話し声や、足音が聞こえてくるだけ。
その静寂が、心地よい。
「…さて、と」
ココアを飲み干した部長が、立ち上がり、伸びを、した。
「で、年越しカウントダウンって、つまり、俺たちは、これから、何をすりゃいいんだ?」
彼のその、あまりにも、素朴な疑問。
それに答えたのは、意外にもしおりでは、なく未来さんだった。
「…私も、存じ上げません。年越しカウントダウンというのですから、年越しのタイミングをカウントダウンすることだとは思いますが、具体的なものは私の、データベースにも、存在しませんので」
「え、そうなの!?」
言い出しっぺであるはずの、あおも、驚いたように、声を上げる。
「私も、年越しカウントダウンってものがあるのは、知ってたけど、何をするかは、分からないな…」
そして三人の視線が、私へと集まる。
私も、もちろん知らない。
私の人生の全ては、卓球と、そして生きるための最低限の、タスクだけで、構成されていたのだから。
その、私たちの、あまりにも世間知らずなやり取り。
それを見て、あかねさんが呆れたように、そしてどこか楽しそうに、笑った。
「もうみんな、本当に、卓球のことしか、知らないんだから!」
彼女は、先生のように、こほんと一つ、咳払いをして、そして、私たちに、説明を始めた。
「いい?年越しカウントダウンっていうのはね、おしゃべりしたりしながら、新年が来るのを、待つの」
「そして年がが開ける10秒くらい前から、みんなで一緒に、声を出して、カウントダウンするの!『10、9、8…』って!」
「そして、『1、ゼロ!』って、なった、瞬間に、『あけましておめでとう!』ってみんなで叫んで、新しい、年を、お祝いするんだよ!」
その、あかねさんの、あまりにも、楽しそうな、説明。
部長が、「なるほどな!要は、気合だな!」と、よく、分からない、解釈をしている。
未来さんは「…なるほど。集団による、同調行動と、祝祭的、高揚感の、共有。興味深い、文化です」と、冷静に、分析している。
あおは、「へー!じゃあ、みんなで、一番、大きな、声で、『おめでとう』って、言わなきゃね!」と、瞳を、輝かせている。
そして、私は。
(…なるほど。論理的ではない。だが、そのプロセスが、集団の連帯感を高め、そしてポジティブな感情を、生み出す、という効果がある、ということか)
私は、隣で、わくわくしている、あおの横顔を、見つめていた。
彼女と、一緒に、過ごす、初めての、年越し。
それはきっと、私の知らない、たくさんの、「温かい、ノイズ」で、満ちているのだろう。
その瞬間が来るのを、私もまた静かに、そして、確かに、楽しみにしている、自分に気づいていた。