私の仮面
私の思考は、相変わらず、「感情」という、解析不能な、パラメータの、処理に追われていた。
だが、その混乱は、決して不快なものでは、なかった。
むしろ、私の「静寂な世界」に、初めて、差し込んだ、温かい、光のようでも、あった。
青木れいか、という、存在。
彼女の、その、歪んだ、正義感は、私の、理解を、超えている。
だが、その、悪意から、私を、守ろうと、してくれる、仲間たちが、いる。
その、事実が、私の、心を、支えていた。
冬休みに入り、私たちは、市民体育館で、練習を、していた。
学校の、体育館は、危険だと、部長が、判断したからだ。
彼には、「こっちの方が、練習に集中できるし、まだ見ぬ猛者が、いるかもしれないだろ?」と、言われた。
その言葉の裏にある、彼の優しさに、私は気づかないふりを、した。
今日の、練習メニューの確認をしている、時だった。
部長が少し、難しい戦術の、話をする。
私は、それに対し、静かにしかしはっきりと、指摘した。
「…部長。その戦術は、理論上は可能ですが、あなたの、現在の技術力では、再現性が低いと思います。もう少し、現実的なプランを提示してください」
私のその言葉に、彼が、「なっ…!」と、言葉を、詰まらせる。
その反応が、なんだか、少し面白くて。
私は、ほんの少しだけ、口元を緩ませて、続けた。
「…ですが、その発想自体は、興味深い。データとして、保存しておきます」
そうだ。
これが、今の、私らしい「対話」の、形なのかもしれない。
皮肉と拗ねかたが、なぜか不思議と、明るく感じる、と葵が、言っていた。
今の私は、そんな氷の仮面が、半分だけ溶けたような、状態なのだろう。
私は、そんな自分の変化に、戸惑いながらも、部長と向き合う。
「よしっ!今日も、暑くいくぞ、みんな!気合入れて、いくぜ!」
彼のその、あまりにも、彼らしい言葉に、私は自然と、笑みがこぼれていた。
「まあ、今日は、真冬日ですけどね。暑くなる前に、凍っちゃいますよ」
私のその、皮肉げな言葉は、どこか弾んでいた。
私と部長の、打ち合いが、始まる。
彼の放つドライブは、相変わらず、パワフルだ。
だが、そのボールを打ち返す、私の心は、以前とは違っていた。
楽しい。
ただ純粋に、この、ラリーが楽しい。
その時、隣の台から、聞こえてきた、声。
「…あの、長髪の女子、もしかして、『予測不能の魔女』じゃないか?」
「…でも、どこが、不気味なんだ?あんなに、楽しそうに、卓球してるじゃないか…」
その、言葉。
胸の、奥が、ちくりと、痛んだ。
不気味。魔女。
そうだ。それが今の私に、向けられる、一般的な、評価なのだ。
私の、心が、ほんの少しだけ、冷たい、影に、覆われそうになる。
その、瞬間だった。
目の前から、凄まじい轟音と共に、ボールが飛んできた。
「うぉぉりゃあああああああっ!!」
部長の、魂の叫びと共に放たれた、渾身のドライブ。
私の、集中が切れていた、その一瞬を、彼は見逃さなかった。
いや、違う。
彼は、気づいたのだ。
私の、心の、揺らぎに。
そしてそのノイズを、振り払うかのように、この一撃を、放ったのだ。
私は、そのあまりにも熱く、そして、不器用な、彼の「対話」に思わず、笑ってしまった。
私は、その彼の魂の一撃を、いとも簡単に、アンチラバーでいなしながら、そして涼しい顔で、言った。
「…部長。声が、大きいです。」
そうだ。
これで、いい。
私は、一人じゃない。
この温かい仲間たちが、いる限り、私はもう、大丈夫。
私たちの新しい日常が、今、確かに始まっていた。