新たな仮面
…青木れいか、元凶、ともいえる彼女を慕う人たちは、卓球部にもいるようだ。
俺は、学校の体育館で練習するのは、危険だと判断した。
全国大会前の、大事な時期、しおりを、無防備な場所に、置いておくわけにはいかない。
未来と、あかねもその案に乗り、顧問の先生も、承諾してくれた、先生は、一応青木れいかを監視してくれている様だが、証拠がでないらしい、そうして俺たちは、冬休みの間、市民体育館で練習することになった。
しおりには「こっちの方が練習に、集中できるし、まだ見ぬ猛者が、いるかもしれないだろ?」と言って、なんとか納得させたが、本当の理由は、違う。
その日も俺たちは、市民体育館の卓球室で、練習を始めていた。
メンバーは、いつものしおり、未来、あかね、俺、そして、当たり前のように、そこにいる、葵。
その葵の表情は、ずっと、晴れやかだった。
彼女は、練習中も、休憩中も、常に、しおりの隣で、本当に、嬉しそうに笑っている。
その、ものすごいご機嫌な、表情を見て、俺は「仲良くやれて、良かったな」と内心、ほっとした。
そして何よりも、変わったのは、しおり本人だった。
今日の、練習メニューの確認をしている時だった。
俺が、少し難しい戦術の話をすると、彼女は静かに、しかし、はっきりと、こう言ったのだ。
「…部長。その戦術は、理論上は可能ですが、あなたの現在の技術力では、再現性が低いと思います。もう少し、現実的なプランを、提示してください」
「なっ…!お、お前なあ…!」
俺が言い返そうとすると、彼女はほんの少しだけ、口元を、緩ませて続けた。
「…ですが、その発想自体は、興味深い。データとして、保存しておきます」
その、言葉。
確かに、以前のような辛辣な皮肉だ。
だが、その声には、どこか温かみが、あった。
話し方は坦々としているがまるで氷の仮面が半分だけ溶けたような、葵曰く、時々本来のしおりのような行動もしている様だし、方目隠しの仮面に被り直した、といったところか。
俺には敬語だったが、他のメンバーへの敬語は取れ、その俺に対する皮肉と拗ねかたが、なぜか不思議と、明るく感じるのだ。
俺はそんな彼女の変化が嬉しくて、そして、少しだけ照れくさくて、わざと大きな、声を出した。
「よしっ!今日も暑くいくぞ、みんな!気合入れて、いくぜ!」
「まあ、今日は、真冬日ですけどね。暑くなる前に、凍っちゃいますよ」
しおりがそう、皮肉げに言うが、その言葉は、どこか、弾んでいた。
俺と、しおりの、打ち合いが、始まる。
そのラリーを、隣の台で練習していた、他の利用者が、息をのんで、見つめていた。
「隣の台、ブロック大会で派手に活躍した部長じゃないか?」
「なに?ってことは…。あの、長髪の女子、もしかして、『予測不能の魔女』じゃないか?」
「ああ。黒い長髪、紫色の瞳、間違いない、でもどこが不気味なんだ? あんなに楽しそうに、卓球してるじゃないか。噂ってのは、やっぱり、信じるもんじゃないな」
「違いない、ハッハッハ」と、二人は笑い合っている。
その声が、俺の耳にも、届いていた。
そうだ。
その通りだ。
俺の対面で、ラリーを続けているこいつは、ただの、卓球が大好きで、少しだけ不器用な、天才だ。
今のこいつを、生で見れば、そんな、不気味なんて、感情、抱くわけがねえ。
俺は彼女のその変化が嬉しくて、そして、誇らしくて、これまでにないほど、力強いドライブを、叩き込んだ。
「うぉぉりゃあああああああっ!!」
「…部長。声が、大きいです。」
その、俺の、魂の一撃を、彼女は、いとも簡単に、アンチラバーで、いなしながら、そう言って、涼しい顔で、笑っていた。
俺たちの、新しい日常が、今確かに、始まっていた。