お泊まり会(10)
その横顔は、私が知っている、どの彼女とも違っていた。
それは「魔女」でも「英雄」でもない。
ただひたすらに、自らの道を突き進む、一人の、孤独な、求道者の姿だった。
私は、息を殺して、その光景を、見つめ続ける。
暫くしてしおりが、ぴたりと動きを、止めた。
彼女の息づかいは、まるで、体が空気を求めているように、荒々しい。
そんな体からの悲鳴を無視して、手にしたリモコンで、マシンに、新しい指示を、送る。
次の、瞬間。
マシンから放たれる、ボールの軌道が、変わった。
フォアとバックに、交互にボールを出す、フットワークの練習だ。
その、左右に振られる、弾丸のようなボール。
それに対し、しおりはまるで、舞うように、ステップを踏み、そして、ラケットを振るう。
だが、その動きは、異常だった。
彼女は、その高速のラリーの中で、一球一球、ラケットを持ち替えながら、全てのボールを、あの黒いアンチラバーで、返しているのだ。
フォアに来たボールを、ラケットを半反転して、アンチラバーで、アンチドライブを鋭く放つ。
バックに来たボールを、また半回転させ、アンチで、デッドストップを放つ。
その動きに、一切の無駄も、迷いもない。
まるで最初から、そういう生き物であったかのように、彼女はその、複雑な動作を、完璧に、そして淡々と、繰り返している。
私はその、魔法のような光景を見て、言葉を、失っていた。
そして、思う。
(…ああ、そうか)
私は、小学生の頃から、しおりがいなくなってから、がむしゃらに練習していた、コーチやライバルの手を借りて、中学からは、先輩達に可愛がられてもらって、鍛えられ、なんとかギリギリ、ブロック大会までは手が届いた。
でも。
この人は、違う。
しおりは一人で、だれの力も、借りずに、ここまで、来たんだ。
きっと、私が知らない、あの空白の時間の中、彼女は、こうやって、たった一人で練習し、一人で、勝つための方法を考え、そして、一人で実行してきたんだ。
それは、海図も、羅針盤も持たずに、目的地に辿り着こうとする航海の様な、無謀ともいえる、異常さ。
そして、その果てに、手に入れた、魔法の様な、強さ。
彼女のその、コントロールが、群を抜けて突出している理由。
(…これが、彼女の、魔法の始まり…、これが、彼女の、原点)
私はその、狂気的で、そして、あまりにも美しい練習風景に、ただ感嘆し、そして見惚れていた。
私の愛した少女は、私が想像していたよりも、ずっと、ずっと、強く、そして孤独な、天才だったのだ。
その事実に、私の胸は、喜びと、そして、どうしようもないほどの切なさで、いっぱいになった。