お泊まり会(8)
その、あまりにも、壮絶な物語。
以前、店長さんから、なにが起きたかは、大まかに聞いていた。
しおりの家庭で、暴力があったこと。
そして彼女が、心を閉ざしてしまった、ということ。
でもそれは、ただの知識だった。
今しおり本人の口から語られる、その言葉の、一つ一つが、私の胸に、鋭い刃となって突き刺さる。
彼女の声は、淡々としていた。
まるで、他人事のように。
でもその声の奥に隠された、深い深い痛みが、私には伝わってくる。
「…最初は、些細な、ことだったかな。お父さんが、お母さんに八つ当たりをするようになった。でもそれは、すぐに、私にも向けられるようになった」
「ビール瓶が飛んできたり、水に、顔を当てられ、窒息しそうになったり。」
その言葉に、私の呼吸が、止まる。
想像を、絶する地獄。
そんな場所に、彼女はたった一人で、いたというのか。
「…一番辛かったのは、お母さんのこと、だったかな」
彼女の声が、ほんのわずかに、震えた。
「彼女は自分を守るために、お父さんの側についた。そして、私に言ったんだ。『もし、このことが、誰かにバレたら、あおも巻き込む』と」
その、言葉。
私の、名前。
それを聞いた瞬間、私の頭の中で、何かが弾けた。
ああ、そうか。
だから、彼女は、私を、突き放したんだ。
私を、守るために。
私を、この、地獄から、遠ざけるために。
「だから私は、あなたに冷たくするしかなかった。あなたを傷つけることでしか、あなたを守る方法を、思いつかなかった。…ごめんね、あお」
その、あまりにも、悲しい告白。
私の瞳から、熱い何かが、止めどなく溢れ出してくる。
違う。
違うよ、しおり。
あなたは、何も、悪くない。
悪いのは全部、全部、あなたを追い詰めた、大人たちだ。
そして、それに気づいてあげられなかった、私も、同罪だ。
私が、嗚咽を漏らしていると、彼女は静かに、そして、唐突に、言った。
その声には、何の感情も、なかった。
「…あお。この服、めくっていいよ」
「え…?」
私が顔を上げると、彼女は、そのガラス玉みたいな瞳で、私を、じっと見つめていた。
その、有無を言わせぬ、瞳。
私は吸い寄せられるように、彼女に近づいた。
そして、震える手で、彼女のその、黒い、ロリータ服の裾をそっと摘んだ。
恐る恐る、服をめくる。
そして、私は、見てしまった。
彼女のその、雪のように、白い背中。
そこに広がっていたのは、無数のナイフか何かで、切りつけられたような、細く、そして、おびただしい数の、傷跡だった。
それは、彼女が耐えてきた地獄の歴史、そのものだった。
「…………ああ…っ」
私の口から、悲鳴とも、嗚咽とも、つかない、声が、漏れる。
涙が、止まらない。
私は、その場で、泣き崩れた。
ごめんね、しおり。
ごめんね。
何も知らずに、あなたを救うだなんて、言って。
一番、辛かったのは、あなたなのに。
私がそうやって、泣き続けていると、しおりがそっと、私に近づき、隣に座った。
そして、その小さな手で、私の頭を、優しく撫でてくれた。
昔、私が泣いていた時に、彼女がしてくれたのと、全く同じように。
「…もう、終わったことだから、大丈夫だよ、あお」
その声は、どこまでも、穏やかで、そして、優しかった。
ああ、そうだ。
この、人こそが、私の知っている、本当の、しおり。
誰よりも優しくて、そして、誰よりも強い、私の英雄。
私は彼女の、その胸に、顔をうずめ、そして子供のように声を上げて、泣き続けた。
この夜が、明けるまで、まだ時間は、かかりそうだ。
でも、私たちは、一人じゃない。
二人でいれば、きっと、どんな闇も、乗り越えていける。
私はそう、強く、強く、信じていた。
本日も、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
もし、この二人の少女の行く末を、「見守りたい」と少しでも感じていただけたなら。
ページ下の[☆☆☆☆☆]評価や[ブックマーク]で、その静かなエールを送っていただけると、作者として、これ以上に心強いことはありません。
改めて、お読みいただきありがとうございました。