お泊まり会(7)
隣で眠る、しおりの、静かな寝息。
その音を、聞いているだけで、私の心は、温かく、そして、幸せに満たされていく。
(…本当に、夢みたい)
しおりの事を必死に探して、その為に、卓球という細い糸を辿っていた、数年前では考えられなかった。
「……起きてる?あお」
不意に、隣から、しおりの静かな声がした。
「…眠れるわけ、ないよ。」
私は、少しだけむくれたように、答えた。
「しおりが、こんな可愛い、格好してるのに」
私の、その言葉に、彼女はふふっ、と、暗闇の中で、楽しそうに笑った。
そして彼女は、ぽつりと呟いたのだ。
昔を、思い出すように。
「…ねえ、あお。覚えてる?あの、七夕の夜」
「…!うん。もちろん、覚えてるよ」
忘れられる、はずがない。
あの日も、今日みたいに、二人きりだった。
「あの時のお祭りでりんご飴を一緒に、食べたり、たこ焼きを、半分こしたり、楽しかったね」
彼女の声は、どこまでも穏やかで、そして、懐かしい響きを持っていた。
「…うん。忘れられるわけ、ないよ。」
私は、そう答えるのが、精一杯だった。
だってあの日こそが、私の歯車が回り始めた日、なのだから。
「…あの日が最初で、最後の私の、初恋の日だったんだから」
私のその、突然の告白。
しおりという、大好きな彼女の気配が、私の理性のタガを外す。
しおりが、息をのむ、気配がした。
私は、続けた。
「私ね、ずっとしおりのこと、ただの親友だって、思ってた。でも違ったんだ。あなたがいなくなって、初めて気づいたんだ。 この気持ちが、恋や恋愛のような、感情だってこと」
「あなたは私を、孤独から救ってくれた英雄で、そして、かけがえのない大好きな親友で、そして私の、初恋の人だったんだよ」
暗闇の中で、私はあの日の光景を、鮮明に思い出していた。
「…あの日、私、人混みに呑まれて、あなたとはぐれちゃったでしょ?あの時、私、本当に怖くて、諦めて、泣いてしまっていたんだ。でも、しばらくしたら、汗だくで、浴衣も、着崩れしながらも、しおりが、人混みの中から現れて『もう、大丈夫』って言って、安心させるように、私を抱きしめてくれた」
「あの時、私決めたんだ。この人のそばに、ずっと、いたいって」
私はそこまで話して、そして、少しだけ恥ずかしくなって、言葉を濁した。
(…あの時、短冊に「大好きな人と、一生、一緒にいられますように」なんて書いたことは、流石に恥ずかしくて、言えないな…)
「……そう、そうだったんだ」
しおりが、静かに、呟いた。
「…あの時の、大好きな人、というのは、私の、ことだったんだね」
「え…!?な、なんで、それを…!」
「ふふっ。あなたの願い事は、覚えているから」
その言葉に、私の顔が、カッと熱くなる。
そんな私を見て、彼女は、悪戯っぽく笑った。
「…ある意味叶いそうで、良かったね」
「そ、それは、どういう…?」
私がそう聞き返すと、彼女は静かに、そして、どこか遠い目で、言った。
「…だって、私が書いた願い事は、『あおの願いが、叶いますように』だったから」
その、あまりにも、衝撃的な告白。
私の心臓が、今度こそ、本当に破裂しそうなくらい、大きく大きく、音を立てた。
ああ、もう、ダメだ。
この人は、本当に…。
その時、私はふと、疑問に思った。
「…ねえしおり。なんで、自分の願い事を、書かなかったの?」
その私の、純粋な問い。
それに対する、彼女の答えは、私の想像を、遥かに超える、ものだった。
「……その頃は、私には、そんな余裕、なかったからね」
彼女の声から、全ての感情が、消え去る。
そして彼女は、ぽつりぽつりと、語り始めたのだ。
彼女の、本当の過去を。
あの、地獄のような日々を。
私の知らない、彼女の、本当の痛みを。
そのあまりにも、壮絶な物語。
それは、私の心を、深く深く抉り、そして、私の彼女への愛情を、絶対的なものへと変えるには、十分すぎるものだった。