お泊まり会(4)
「しおり!?まさかこの為に、私を連れ込んだの!?」
「言ったでしょう、あお。そういうことだと」
彼女の声は冷たく、そしてどこまでも、平坦だった。
まるで、黒幕のように。
彼女は柄を手に取り、そして私に、向き直った。
「覚悟して」
その言葉と共に、彼女がサーブを、出す。
それは、試合の時とは、比べ物にならないほど鋭く、そして、重い一球。
そして練習が始まった。
私の、最高の冬休みは、私の完敗で、幕を開けた。
そしてそれは、決して悪い気分のものでは、なかった。
美味しいカレーと、お味噌汁を食べ終え、二人で後片付けをする。
その、何気ない日常の、一コマ一コマが、私にとっては、宝物のように輝いていた。
後片付けが終わり、リビングで寛いでいたその時だった。
しおりがすっと、立ち上がりそして、私に言ったのだ。
その瞳には、いつものあの、冷たい分析者の光が、宿っていた。
「葵。食後の休憩は、終わりだよ。行きましょう」
「え?どこへ?」
「…もちろん練習に、ですよ」
彼女に導かれるまま、廊下を歩き、扉を開き、その中へ、入っていく。
そこには、卓球台と、卓球マシンが、置かれている。
彼女だけの聖域。彼女だけの「実験室」。
その異様な光景と、そして、しおりのその、あまりにも真剣な、表情。
私の胸の中にある、可能性が、浮かび上がってきた。
まさか。
いやでも、彼女なら、やりかねない。
私は震える声で、彼女に問いかけた。
「しおり、まさか、この為に、私を連れ込んだの!?」
「言ったでしょう、あお。そういうことだと」
彼女の声は冷たく、そしてどこまでも、平坦だった。
彼女は、ラケットを手に取り、そして私に、向き直った。
「覚悟して」
その言葉と共に、彼女が、サーブを出す。
それは、試合の時とは、比べ物にならないほど鋭く、そして、重い一球。
私の思考は、完全に、追いついていなかった。
だが、体が勝手に、反応する。
夢中で、ラケットを振るった。
「パァンッ!」という、甲高い、音と共に、ラリーが始まった。
私は、ひたすらに、ボールに食らいついた。
しおりは、容赦ない。
彼女は、私の弱点を的確に、そして執拗に、突いてくる。
私が苦手だった、横回転の、サーブ。
私が反応できない、ナックルのプッシュ。
その全てが、私を追い詰めていく。
でも不思議と、苦しくはなかった。
むしろ、楽しい。
だってこれは、彼女が私を、認めてくれた証なのだから。
私は、彼女のその期待に、応えたかった。
しおりの練習のために、私は、自分の力以上を出して、練習相手になる。
そうだ。愛の力は、偉大だ。
私が、きついドライブの回転をかけ、しおりに仕掛ける。
しおりはそのボールに対し、相手の予測の、遥か上を行くために、コントロールを極限まで高め、カウンタードライブを、厳しいコースで、放ってくる。
最初のうちは、しおりのコースは、オーバーしてしまったり、ネットに引っ掛けてしまうことが、多かった。
だが彼女は、決して諦めない。
一本一本、打つたびに、その精度が、上がっていくのが分かる。
少しずつ修正され、そして安定していく。
彼女は、やはり天才だ。
私の、英雄だ。
どれくらいの、時間が経っただろうか。
お互いの体力が、限界に近づいた頃、しおりが練習を、止めた。
私たちは、床に座り込み、息を整えていた。
「…はぁ。まさか、家に、こんな、練習場が、あるなんてねー。」
私がそう言うと、しおりは、静かに頷いた。
その横顔は、いつもよりも、少しだけ柔らかい気がした。
「ええ。祖父母のおかげ、かな」
彼女はそう言って、ポツリと続けた。
「私が、もう誰とも関わらなくても、生きていけるようにって、用意してくれた場所だからね」
その言葉に、私の胸が、また痛んだ。
でも、もう、大丈夫。
あなたは、もう一人じゃない。
私が、いるから。
私は、そう心の中で、彼女に語りかけた。
そして彼女もまた、その、私の想いに、気づいているかのように、ほんのわずかに、微笑んだ、気がした。
私たちの、長い長い夜は、まだ、始まったばかりだ。