お泊まり会(3)
私の胸の内は、カレーのスパイスと、そして彼女への愛情で、熱く、そして幸せに、ドキドキしていた。
しおりのその、悪戯っぽい笑顔と「私の計算に、間違いは、ありませんでしたから」という得意げな、一言。
その全てが、私の心を鷲掴みにして、離さない。
「…さて。仕上げをしますので。葵は座っててください」
「え、あ、うん!」
しおりに、そう言われ、私は言われるがままに、ダイニングテーブルの席に、座った。
心臓が、まだドキドキと、うるさい。
しおりの作った、カレーが、美味しすぎたせいだろうか。
それとも、さっきの「あーん」の、せいだろうか。
そんな私の思考など、お構いなしに、しおりは手際よく、準備を終えていく。
あっという間に、テーブルの上には、二人分のカレーと、そしてなぜか、お味噌汁が並べられた。その意外な組み合わせも、なんだか彼女らしくて、可愛らしい。
「「いただきます」」
二人で手を合わせ、そして、カレーを、口に運ぶ。
美味しい。
何度、食べても美味しい。
私は夢中で、スプーンを動かしながら、ふとキッチンに立つ、彼女の、その後ろ姿を思い出す。
(…手際、良かったな…。なんだか、いいお嫁さんになりそうだなー)
そんなことを想像して、私の顔が、カッと熱くなる。
(…ダメだダメだ!私だけドキドキしてるなんて、おかしい!)
そうだ。
これは、不公平だ。
彼女はいつも、涼しい顔で、私の心を、かき乱してくる。
ならば、今度は、私の番だ。
私は謎の使命感と、そして、対抗心から、スプーンに、カレーを乗せ、そして、彼女の前に、差し出した。
「しおりもほら、あーん」
しおりをドキドキさせてやろう、と、そう、思ったのだ。
だが、私のその、渾身の一撃。
それに対し、しおりは特に、気にする様子もなく、平然と、そのスプーンに、口をつけた。
「…はい。美味しいです」
そして、彼女は続けたのだ。
その声は、どこまでも穏やかで、そして懐かしい、響きを持っていた。
「一緒に、こうやって、食べていたのも、懐かしいね、あお」
その、言葉。
そして、その呼び名。
気が付けば、彼女の敬語は、外れていた。
その、あまりにも、自然な、変化。
私の心臓が、今度こそ本当に、破裂しそうなくらい、大きく大きく、音を立てた。
(…ダメだ。敵わない)
私がどんな、策を弄しても、彼女は、いつもその一枚も二枚も、上を行く。
私は、もう降参だった。
「…うん。そうだね、しおり」
そう、答えるのが、精一杯だった。
私の顔は、きっと、フォアラバーよりも、ずっと赤くなっていたに、違いない。
私の最高の冬休みは、どうやら、私の完敗で、幕を開けることになりそうだ。
そしてそれは、決して、悪い気分の、ものでは、なかった。