私の、英雄との話
しおりと、後藤先輩。
二人がそうやって言葉を、交わしながら、最適解へとにじりよろうとしている、その光景。
私はベンチで、聞き耳を立てながら、自分の出番は、まだかまだかと、そわそわしていた。
「俺も猛も、そして未来さんも、日向もいる。もしかしたら、高坂や青木もな」
後藤先輩の、その言葉。
その中に、私の名前が出てきた、瞬間。
私は、もうじっとしていられなかった。
立ち上がり、光の速さで二人の元へと、駆け寄る。
「話は、聞いたよ!」
私は、仁王立ちで、二人の前に、立つ。
そして、にっと口角を上げて、言った。
「つまり、私が必要ってことだね!」
私のその、イタズラ気味な言葉。
でも、その声は、自分でも分かるくらい、明らかに嬉しそうに、弾んでいた。
だって、またこうやって、彼女の一番近くで、彼女の力になれるのだから。
そんな私の後ろからついてきた部長が、やれやれ、と言った表情で、私の肩に、手を置いた。
「おいおい日向。お前全部、聞いてたのかよ」
その少し困ったような、顔。
でもすぐに彼は、いつもの、豪快な笑顔で、言った。
「まあそういうことだ。力になってやってくれ」
「もちろん!」
私は、胸を張って答える。
「しおりのためなら、二十四時間、いつだって付き合うよ!」
私のその、大袈裟な言葉に、しおりが、ふと顔を上げた。
そして彼女は、これまで、見せたことのない種類の表情で、私を見つめて、言ったのだ。
その声は、いつもの、平坦な響きとは、少しだけ違っていた。
「…そうですか。では、葵」
「うちに卓球台が、ありますから。泊まりで、練習しますか?」
彼女は平然と、平淡に話す。
「…………え?」
私の思考が、一瞬、完全に停止する。
泊まり?
しおりの、おうちに?
二人、きりで?
その、願ったり叶ったりな提案に、私の頭の中は、もう、お祭り騒ぎだった。
「い、いいの!?本当に!?行く!絶対行く!今すぐ行く!速攻で!二球目攻撃の速さで!」
私は、もう自分でも、何を言っているのか分からないくらい、有頂天になり、おかしいテンションになってしまっていた。
そんな私を見て、しおりは、ほんの少しだけ困ったように、そして、ほんのわずかに、楽しそうに、微笑んだ気がした。
その笑顔は、私が、ずっとずっと、見たかった、あの太陽のような、彼女の笑顔の、ほんのひとかけら。
でも、それで十分だった。
私の冬休みは、どうやら、これまでで、最高の冬休みになりそうだ。
私は、心の中でガッツポーズをしながら、その幸せを、噛み締めていた。