弱点と克服
この「対話」は、どうやら私の勝ちのようだ。
私は、息を整えながら、先ほどのラリーのデータを、脳内で再構築していた。
そして、彼に問いかける。
それは、私の思考を、さらに進化させるための問い。
「後藤さん。あなたの視点から見た、私の卓球。その分析結果を、要求します」
後藤先輩は一瞬、何を言っているか分からないという顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「…そうだな」
彼は立ち上がり、私の目を真っ直ぐに見つめて、言った。
「お前の戦いかたは、正直めちゃくちゃ厄介だ。常に攻めるか守るかの二択を迫られる。 こっちの思考が追いつかねえ。気が付いたらペースを握られて、防戦一方に追い詰められていく感じだ」
彼はまず、私の強さを認めてくれた。
だが、彼はそこで終わらなかった。
「…だがな。お前のその卓球、弱点もある」
「弱点、ですか?」
「ああ。それは、決めきれない攻撃力の低さだ。お前が点を取る時は、ストップのようなテクニカルな方法や、相手が明確に体勢を崩してからの反発が多い。 それは確かにすごい、だが、逆に言えば、それしか得点に繋がらねえってことだ。俺みたいに、粘り強い相手だと、いつか、その変化にも慣れてくる。そうなった時、お前はどうする?」
彼のその、的確な指摘。
それは、私が薄々気づいていた課題、そのものだった。
そして、彼は続ける。
「それにもう一つ。集中力が持つのか、という懸念だ。お前のその卓球は、常に頭を、フル回転させなきゃならねえだろ?全国大会は、ブロック大会を勝ち抜いた、16人のトーナメント戦。4戦も、その集中力を維持できるのか?」
「そして何よりも、お前のその、身長のハンデからかも知れないが…、攻撃力、打球の強さが、他の一年生女子よりも低く感じる。 お前のコントロールは、異常に感じるほど高すぎる。 だから、それをどう攻撃力に繋げるか。 それが、お前の、今後の問題じゃないか?」
後藤さんの、その言葉。
それは、全て的を射ていた。
私の思考が、彼のその分析データを、処理していく。
「…ラケットの変更は、既に試しました」
私は、答える。
「現在使用している、裏ソフトは、ディグニクス80。恐らくこれ以上のスピードと回転を両立してくれるラバーはありません、攻撃的にカウンタードライブやチキータへの反発に最も適したラバーですし、ラケットの更新では、もう頭打ちです」
「じゃあ、どうする?」
「……。」
私は、思考を巡らせる。
そして、後藤先輩が、まるで私の思考を、読むかのように言った。
「…例えば、だ。お前のその異常なまでの、コントロール。それを、ドライブのコースを、さらに攻めることで、コントロールの高さを、攻撃に転用できないか?」
コース。
確かに、そうだ。
私のドライブは、相手の予測外に飛ばす安定性を、重視するあまり、コースに妥協がでることがあった。
もし私が、相手の予測を、更に超え、さらに厳しいコースへと、ドライブを打ち込むことが、できたなら。
それは、威力が足りなくても、その威力以上の武器となり得る。
「…そのためには、相手となってくれる、厳しいコースを選択せざるを得ないような、そんな練習相手が、必要不可欠です。マシンでそれを練習するとなると時間的リソースが、足りない…」
「一人で、やるからだろ」
後藤先輩が、静かに言う。
「俺も猛も、そして、未来さんも、日向もいる。もしかしたら高坂や青木もな、俺たち全員が、お前の練習相手になってやる。全員で協力すれば、時間は作れるはずだ」
彼の、その言葉。
それは、私にとって、最も意外で、そして、最も心強い提案だった。
「……。」
私は、何も言えない。
ただ、彼のその、真っ直ぐな瞳を、見つめ返すだけだった。
(…最適解は、まだ見つからない。だが…)
私と後藤先輩は、そうやって言葉を交わしながら、最適解へと、にじりよろうとしていた。
私の新しい「仲間」との対話が、今確かに始まっていたのだ。