白熱する練習
葵と部長の会話。
その、温かいやり取りを、私はコートの中で感じながらも、思考の全てを、目の前のラリーに、集中させていた。
相手は、後藤 護。
部長の最大のライバルであり、そして県大会でもトップクラスの実力を持つ、王道のドライブマン。
私と彼の打ち合いは、まさに練習であることを忘れるほどの集中の中、繰り広げられていた。
彼の放つドライブは重く、そして鋭い。
だが、その全てのボールの軌道と回転を、私の思考は、冷静に分析し、そして最適解を導き出す。
「パァンッ!」
後藤先輩の、強烈なドライブが、私のバックサイドを襲う。
私は、それに対し、ラケットを瞬時に赤い裏ソフトの面に、持ち替える。
そして、彼と同じ土俵で、ドライブを打ち返す。
回転量では、彼に分があるだろう。
だが、私のドライブは、コントロールに特化している。相手の、一番嫌なコースへと、正確にボールを送り続ける。
(…あなたのそのパワーも。私のこのコントロールの前では、いずれ限界が来る)
ラリーが続く。
その中で、私は常に、彼に問いかけ続ける。
私の、持ち替えながらの戦い。
それは彼に、常に攻めるか守るかの二択を迫る、ということ。
彼が、私のドライブに、さらに強力なカウンターを、合わせてくる。攻めてきた。
ならば、私はそほボールに対し、ラケットをひらりと翻し、黒いアンチラバーの面で応戦する。
彼の渾身のパワーは、私のラバーに吸い込まれ、そして回転のないナックルの弾丸となって、彼のコートへと突き刺さる。
今度は、私の変化を警戒し、ループドライブでラリーを作ろうとしてくる。守りに入った。
ならば私は、そのループドライブを、赤い裏ソフトの面で、さらに鋭いカウンターで、打ち抜く。
彼はさらにペースを握られ、防戦一方ひ追い詰められていく。
(…どうしますか?後藤さん)
(あなたのその卓球は、私のこの、異端の前では、その前提すらも破壊される)
だが彼は、それでも倒れない。
私は確実に、後藤を追い詰めている。しかし後藤は、最後の一線を割らせない。
彼のその、驚異的な粘りと精神力。
それが、私のその、完璧なはずだった方程式に、僅かなノイズを生じさせていた。
(…私の攻めるターンが、ずっと続いているのに、攻めきれない)
ならば。
私もまた、次なる「解」を提示するまで。
ラリーの中で、私が、アンチラバーでブロックしたボールが、ほんのわずかに、甘く浮き上がった。
後藤さんは、これを逃せば後にはチャンスがすくないはず、罠とわかっていても、必ず仕掛けてくる…!
案の定彼は、一歩踏み込み、そして、渾身のスマッシュを叩き込んできた!
(…来た。この瞬間を、待っていた)
私は、そのスマッシュに対し、ラケットをアンチラバーの面に、持ち替える。
そして、体を大きくしならせ、冷静にアンチドライブで応戦する。
いや、違う。
そのモーションは、強く弾くように見せた、ただのフェイント。
インパクトの、瞬間。
私は、その全ての力を抜き、そしてボールの勢いを、完全に殺す。
デッドストップ。
ボールは、彼のスマッシュの威力を、完全に吸収され、そして、ネットの白線の上を、するりと越え、彼のコートの、その中央に、ぽとりと、音もなく落ちた。
彼は、私のモーションからそのボールに、カウンターを用意するために、台上から離れていて反応することすら、できなかった。
長い長い、ラリーの終わり。
私は静かに、息を吐き出した。
後藤先輩は、膝に手をつき、そして悔しそうに、しかしどこか、楽しそうに笑っていた。
「…はっ。参ったな。本当に面白い卓球、しやがる」
その言葉に、私の口元も、ほんのわずかに緩んだ、気がした。
この、「対話」は、どうやら、私の勝ちのようだ。