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異端の白球使い  作者: R.D
探し物
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私の、英雄の話

 私は、ベンチに腰掛け、コートの中で繰り広げられる壮絶な光景を、見つめていた。

 後藤先輩としおりが、バチバチと火花を散らすような、ドライブ合戦をしている。

 後藤先輩の、あのパワーと精度。

 そして、しおりのあの、予測不能な、変化。

 二人の卓球は、水と油のようであり、しかしどこか、お互いを高め合っているようにも、見えた。


「…すげえな、あいつら」

 隣で、同じようにラリーを、見ていた部長さんが、感心したように呟いた。

「…普通中1の女子と中3の男子が打ち合ったら、パワー負けするはずなんですけどね…。」

 彼も私と打ち合って、練習を一休みしているところだ。

 私は、彼のその横顔を盗み見て、そして、ふふっ、と笑った。


「あんま見てなかったけど、部長さんも、すごかったですよ。ブロック大会」

「はっはっは!だろ?まあ、俺にかかればあんなもんよ!」

 彼は、そう言って、豪快に笑う。

 その笑顔は、本当に裏表がなくて、見ているこっちまで元気になってくる。


 私は、コートの中で楽しそうに、そして真剣に、ボールを打ち返す、しおりの姿へと視線を戻した。

 その横顔は、私がずっと焦がれていた、あの頃の彼女の面影と、少しだけ、重なって見える。


「…なあ、日向」

 不意に部長さんが、真剣な声で、私に話しかけてきた。


「お前、さっきからずっと嬉しそうに、しおりのこと見てるな。…昔のあいつって、どんな感じだったんだ?」


 その問い。

 私は、待ってましたとばかりにニヤリと笑って、彼を見返した。

「えー、どうしよっかなー。それはこっちのセリフですよ、部長さん。」

「私が、小学生の時のしおりのことを、教える代わりに、部長さんが知ってる、中学のしおりのこと、教えてくれるなら、教えてあげますよ?」


 私のその、悪戯っぽい提案に、部長は一瞬きょとんとしたが、すぐに、降参したように笑った。

「はっ。違えねえ。分かった、交渉成立だ。」

 部長が了承したのを確認してから、私は、昔の記憶の扉を、宝箱を開けるようにゆっくりと、大事に開けた。


「私が、知ってる、昔のしおりはね…」

 私は、コートの中の彼女を、愛おしそうに見つめながら、語り始める。

「…太陽みたいな子だった。いつも笑ってて、優しくて。でも、すごく正義感が強くてね。間違ってるって思ったことには相手が誰でも絶対に立ち向かっていくそんな勇気のある子。…そのせいで、ちょっと?……大分損しちゃうところもあったんだけどね。あと、意外と泣き虫だったり」


「へえ…。あいつが、泣き虫…想像つかねえな…」

 部長が、意外そうに呟く。


「でね」と、私は続けた。「卓球も、全然違ったんだよ」

「あの子ね、昔はアンチなんて使ってなかった。普通の裏ソフト二枚のドライブマン。でも、その卓球が、もう本当にめちゃくちゃで!」


「めちゃくちゃ?」


「うん。独特のセンスというか、天才性というか…。誰も思いつかないような、思いついてもしないようなプレーばっかりするの。股抜きショットとか、背面打ちとか、ただ面白いからって理由だけで、平気で試合でやっちゃうような子。彼女にとっては、卓球は、勝ち負けじゃなくて、遊び場みたいな、ものだったんだと思う」


 私は、そこまで話して、そして、コートの中のしおりを、もう一度見た。

 彼女は、後藤先輩の、強烈なドライブに対し、アンチラバーでいなし、そしてカウンターを決めていた。


 …もうすぐ高校生になる男子相手に、常にペースを握ってる、やっぱしおりは凄いな


 その瞳には、冷たい分析の光が、宿っている。


「だから、久しぶりにしおりの卓球の試合をみた時、驚いたけどね。」


(…でも、それで、いいんだ)

 私は、心の中で呟く。

(あなたが、どんなあなたでも、私は、あなたの一番の味方だから)


「…まあ、そんな、感じかな。私の、知ってる、昔の、しおりは」

 私が、そう締めくくると、部長は「そうか…」と、何かを深く考え込むように、黙り込んでしまった。


 彼の中で、過去のしおりと、現在のしおりの、二つの像が、どう結びついているのだろうか。


 その答えは、彼自身にしか分からない。


 私はただ、その横顔を、静かに見つめていただけだった。

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