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異端の白球使い  作者: R.D
前哨戦

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深化する異端

「…ありがとうございました、部長。非常に、有益なデータが取れました」


 私が、最後のストップ練習を終え、息を整えながら礼を述べると、部長は卓球台に手をついたまま、ぜえぜえと肩で息をしていた。


 彼の顔は汗で輝き、その瞳には疲労と、そして私の常識外れの卓球に対する、もはや呆れを通り越したような、ある種の感嘆の色が浮かんでいる。


「はぁ…はぁ…静寂…お前、本当に…人間離れしてるぜ…その集中力と、発想と、そして何より…そのしつこさ!」


 彼は、途切れ途切れに、しかし力強く言った。最後の「しつこさ」という言葉には、彼の偽らざる本音が込められているのだろう。


「だがな…今日の練習で、お前のその『ストップ』の厄介さが、骨身に染みて分かったぜ。県大会で、お前と当たる奴らは、本当にお気の毒様だな!」


 彼は、そう言ってニカッと笑った。


 その笑顔には、先ほどまでの疲労困憊の様子は少し薄れ、いつもの彼らしい、底抜けの明るさが戻りつつあった。


「しおりさん、部長先輩、お疲れ様でした!」


 あかねさんが、冷たいドリンクとタオルを持って、私たちの元へ駆け寄ってきた。


 彼女のノートは、今日の練習でびっしりと文字で埋め尽くされているのだろう。


 その表情は、興奮と、そして私たち二人の常軌を逸した練習を最後まで見届けた達成感のようなもので輝いていた。


「しおりさんのストップ、最初は全然入らなかったのに、最後の方は部長先輩も全然反応できてませんでしたよね!? あれ、本当に同じように見えて、全然違うボールが来るんですね…!」


 彼女の言葉は、私の「マルチプル・ストップ戦略」の核心を的確に捉えていた。


「…まだ、安定性には課題があります。特に、相手のサーブの回転量やスピードが変化した場合、最適なインパクトポイントを見つけるのに、僅かな遅れが生じることがあります。その遅れが、実戦では命取りになる。」


 私は、冷静に分析結果を述べる。


 今日の練習で掴んだ「コツ」は、あくまで特定の条件下でのものであり、それをあらゆる状況に対応できる「技術」へと昇華させるには、さらなるデータの蓄積と、反復練習による無意識レベルでの実行精度向上が不可欠だ。


「はっはっは!相変わらずお前はストイックだな、静寂!だが、その探求心がある限り、お前はまだまだ強くなるぜ!」


 部長は、私の言葉に満足そうに頷いた。


「よし!今日の部活はここまでだ!二人とも、しっかりストレッチして、明日に疲れを残すなよ!県大会まで、あと数日だ!」


 彼のその言葉で、今日の長く、そして濃密だった「実験練習」は終わりを告げた。


 部室で着替えを済ませ、他の部員たちと共に体育館を後にする。夕闇は完全に街を覆い、空にはいくつかの星が瞬き始めていた。


 部長は、他の部員たちと、今日の練習の反省点や、県大会への意気込みなどを、相変わらずの大声で語り合っている。その輪の中心には、自然と彼がいる。


 あかねさんは、私の少し後ろを歩きながら、今日の練習で気づいたことや、感じたことを、楽しそうに話しかけてくる。


「しおりさんの卓球って、本当に見ていて飽きないね! 次は何を見せてくれるんだろうって、いつもワクワクしてる!」


 …ワクワク、か。


 それは、私の辞書には存在しなかった感情だ。


 私の卓球は、勝利のための、生き残るための手段。


 そこに、他者が「ワクワクする」ような要素が存在するとは、考えたこともなかった。


 家路を一人でたどる。


 今日の練習で得た「マルチプル・ストップ戦略」の新たな知見。


 それは、私の「異端」の卓球に、さらに強力な武器を加えた。


 しかし、それと同時に、私の心の中には、これまで感じたことのない、小さな、しかし無視できない「何か」が芽生え始めているのを感じていた。


 それは、部長の、あの理屈抜きの熱意。


 あかねさんの、曇りのない好意と期待。


 そして、彼らとの関わりの中で、ほんのわずかに揺らぐ、私の「静寂な世界」。


 …これもまた、分析すべき「データ」の一つなのかもしれない。


 私は、夜空を見上げた。無数の星が、静かに私を見下ろしている。


 県大会。


 そこで私が対峙するのは、未知の強敵たちだけではない。


 私自身の内面にある、この新たな「揺らぎ」とも、私は戦わなければならないのかもしれない。


 その戦いの果てに何が待っているのか、今の私にはまだ、予測することはできなかった。

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