練習相手
私の「静寂な世界」にまた一つ、新しい、そして解析不能な「別れ」という名の、変数が、静かにインプットされようとしていた。
私は、その事実から、目を逸らすように立ち上がった。
感傷に浸っている時間など、ない。
全国大会は、もう目前なのだから。
「…部長。休憩は終わりです。練習を再開しましょう」
私がそう言って、ラケットを握り直した、その時だった。
市民体育館の入り口ドアから、ゆっくりと入ってくる人影が見えた。。
そして、そこに立っていたのは、思いもよらない二人組だった。
「まったく、こっちは引退済みだってのに、まあ、やろうか、猛」
言葉とは裏腹に、楽しそうに話す、長身の男子
元・第五中学卓球部、後藤さん。
そして、その隣には。
「しおり!あとついでにみんなも!久しぶり!」
葵が、太陽のような笑顔を浮かべながら、駆け寄ってくる。
「お前ら、全国行くんだってな。大したもんだぜ」
後藤は、ラケットを取り出しながら、私たちの方へと、歩いてくる。
「後藤!葵!お前ら、なんでここに…!?」
部長が、驚きと、そして喜びの入り混じった表情で、二人を迎える。
私の隣で、あかねさんが、えへへと、少しだけ、照れくさそうに笑った。
その表情を見て、私の思考は、全ての事象を、繋ぎ合わせた。
(…なるほど。そういうか)
「ごめんね、みんな黙ってて」
あかねさんが、ぺろりと舌を出した。
「全国大会の前に、強い人と練習した方がいいかなって思って。私が今日、ここの市民体育館で、練習することを二人に伝えて、練習相手をお願いしてたんだ」
その、あまりにもマネージャーらしい、そして、彼女らしいサプライズ。
部長は「お前、そういうことは、早く言えよなー!」と、言いながらも、その顔は、心底嬉しそうに、綻んでいる。
私は、その光景を、ただ黙って見つめていた。
そして、私の胸の奥底で、またあの温かい感情が、生まれていく。
仲間。
それは、時に私の予測を超え、そして私の思考に、エラーを起こさせる、厄介な存在だ。
だが、そのエラーがもたらす、この温かい光は、決して不快なものではない。
私は、ラケットを強く握りしめた。
そして、私の前に立つ、二人の強敵へと、向き直る。
私の相手として、これほど相応しい存在は、いないのだから。
この冬休み、どうやら、退屈せずに済みそうだ。