部長の進学?
冬休みに入り、市民体育館で私たちは練習していた。
部長と私は、集中して打ち合いにかけている。
だが、私の思考ルーチンは、以前とは明らかに違っていた。
卓球の戦術や、自分の身体能力の分析と同時に、私の視線は、自然と、仲間たちの姿を、追っていたのだ。
声援を送る、あかねさん。
静かに、しかし鋭く、分析し、アドバイスを模索する未来さん。
そして、コートの反対側で、汗だくになって、ボールを追いかける部長。
(…部長。彼は中学三年生。現在の、目標は「全国大会、優勝」だが、その全国大会が完了した後、彼は「受験生」へと移行するはずだ。二つのタスクは、時間的リソースの観点から、著しい競合を引き起こす。彼は、この矛盾を、どう処理しているのだろうか…)
これまで、考えたこともなかった問い。
他者の未来という、私にとっては、完全に無関係なはずのデータ。
だが、今の私には、それがどうしても気になって、仕方がなかった。
練習の合間。
私がドリンクを飲んでいると、隣に部長が、腰を下ろした。
私は意を決して、その問いを、彼にぶつけた。
「部長」
「ん?どうした、しおり」
「あなたの、進学に関するデータが、私の中には、ありません。受験はどうなっているのですか?」
私の、そのあまりにも直接的で、そして個人的な問いかけに、部長は一瞬、きょとんとした、顔をした。
近くにいたあかねさんや、未来さんも、驚いたようにこちらを、見ている。
「お、おう…。なんだしおり、急に俺のことまで、気になったのか?」
部長は、少しだけ照れくさそうに、頭を掻いた。
「まあ心配すんな。その辺は、なんとかなってる」
彼はそう言って、ニヤリと笑った。
「今回の大会は日程が狂っていてな。普通は、夏に全国大会があって、そこで全部終わりなんだが、今年は、特別で夏の県大会、秋のブロック大会、そして、この冬の全国大会って、三つに分けられたんだ」
「だから俺みたいに、夏の県大会で、それなりに活躍した三年は、もう大体、推薦で進路決まってるんだよ。俺も、卓球の強豪校から声かかってるから、受験はしなくていい、スポーツ推薦ってやつだ。」
(…スポーツ推薦。なるほど。合理的システムだ)
私の思考は、納得する。
だが、私の心の奥底では、別の感情が、生まれていた。
(…彼は、行ってしまうのか)
(この大会が終われば、彼と打ち合うことは、すくなくなる…)
それは、「寂しい」という感情。
私が、最近ようやく名前をつけることができた、あの温かくて、そして少しだけ、痛い感情。
私は、何も言えなかった。
ただ、彼のその力強い横顔を、見つめるだけだった。
私の「静寂な世界」にまた一つ、新しい、そして解析不能な「別れ」という名の変数が、静かにインプットされようとしていた。