新たな翼(4)
私たちの初めての、本当の「対話」が今静かに、始まった。
私が放った、変幻自在のカットサーブ。
しおりさんは、それに動じない。
彼女は、そのサーブの回転とコースを、冷静に分析し、そして、的確なドライブで返球してきた。
そこからラリーの、応酬が始まった。
しおりさんは、烈火の如く攻めてくる。
フォアハンドから繰り出されるその、ドライブは、しなやかで、そして鋭い。
まるで、カット戦を始めましょうと語りかけてくるような白球。
回転量もコースも、一流のそれだ。
私は、台から少し下がり、得意のカットで応戦する。
彼女のその、冷たいて暖かい想いが乗ったボール、私が受け止め、そして変化させて返す。
それが私たちの、「対話」
「パァンッ!」「シュッ…」
だが彼女の本当の、凄さは、そこからだった。
ラリーが5本6本と、続いた、その時。
それまで、回転と回転で成り立っていた、私たちのラリーの前提が、彼女の一振りで、唐突に破壊される。
ドライブの応酬の中で、ボールが彼女の、バックサイドへと飛んだ、その瞬間。
彼女は、ラケットを持ち替えない。
そのままバックハンドで、ボールを弾き返した。
黒い、アンチラバー。
その瞬間、それまでラリーを支配していたボールの、回転、スピード、そして音、その全てが、ふっと消え去った。
そこからの展開は、しおりさんペースで展開されていく。
回転が消えていたり、あるいはアンチスピンで弾いた、回転が消えているはずのボールに、強烈な下回転がかかっていたり。
それはもはや、予測の領域を、超えている。
私は常に、一球一球、攻めるか守るかの二択を毎回、迫られるのだ。
(…本当に、予測不能だ)
私の思考が、嬉しい悲鳴を上げる。
これほどまでに刺激的で、そして面白い、対戦相手は、しおりさんしか居ない。
彼女は、私に問いかけてくる。
「私のこの『魔術』を、あなたは、どう読み解きますか?」と。
私は、その難解な問いに、必死に食らいつき、そして私なりの「解」を返し続ける。
この、息詰まるような、思考の応酬。
この、魂が削られていくような、緊張感。
それが、今の私には、たまらなく心地いい。
そうだ。
これこそが、私がずっと追い求めていた「対話」。
私の孤独な世界に、初めて現れた、私と対等に、語り合える、唯一無二の存在。
私は、コートの向こう側で、静かに、しかしその瞳の奥に、確かな闘志の炎を燃やす、彼女を見つめた。
そして、心の中で、深く感謝した。
あなたと出会えた、この奇跡に。
私たちの「対話」は、まだ、始まったばかりだ。