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異端の白球使い  作者: R.D
探し物
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切り裂かれた翼(8)

 俺の隣で、しおりが、声を殺して泣いていた。


 その、小さな肩が、震えている。


 俺は、何もできずに、ただ黙って、彼女の隣に座っていることしか、できなかった。


 やがて、彼女の嗚咽が、少しずつ収まってきた頃。


 富永先生が静かに、彼女に一杯の水を、差し出した。


 彼女は、それを受け取り、こくりと喉を潤す。


 その場の、重い、しかしどこか温かい、沈黙を破ったのは、俺だった。


「――先生」


 俺の声は、自分でも驚くほど低く、そして真剣だった。


 富永先生が、その穏やかな視線を、俺に向ける。


「ありがとうございます。しおりのこと…。その、こいつが抱えてる問題の根っこが、少しだけ分かった気がします」


 俺は一度言葉を切り、そして、ずっと聞きたかった、核心の問いを、彼にぶつけた。


「それで先生。結局、その…学校での噂の、ことなんだが…。何か、対処する方法は、あるのか?」


 俺は、身を乗り出すようにして、続けた。


「あいつら、俺がいねえところで、コソコソと…。俺が、いくら言っても、キリがねえ。このままじゃ、しおりが…!また一人になっちまう…!」


 俺のその、必死の、訴え。


 富永先生は、それを静かに、全て、受け止めてくれた。


 そして彼は、俺の目を、真っ直ぐに、見つめ返して言った。


「部長くん。君が彼女を守りたい、というその強い気持ちは、とてもよく分かるよ。君のような仲間がいることが、彼女にとって、最大の力だ」


 彼はまず、俺の気持ちを、肯定してくれた。


 だが彼の言葉は、期待していた、答えではなかった。


「だがね、残念ながら、他人の口に戸を立てることは、できない。悪意のある噂というものは、君が力で抑えつけようとすれば、するほど、より陰湿な形で、広がっていくものなんだ」


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!指をくわえて、見てろって、言うのか!?」


 俺の声が、荒くなる。


 富永先生は、そんな俺を鎮めるように、静かに、首を、横に振った。


「一番、大切なのは、噂を、なくすことじゃない。」


 彼はそう言って、隣で静かに俯いている、しおりへと視線を、移した。


「一番大切のはその噂によって、しおりさんの心が、もう、二度と壊されないように、なることだ。」


 その言葉に、俺ははっと、させられた。


 そうだ。


 問題は、外じゃない。


 彼女の、中にあるんだ。


「そして、そのためには」と、富永先生は、俺に向き直った。


「君たちが『私たちは噂なんて信じない。私たちは本当のしおりを知っている。私たちはいつでもあなたの、味方だ』と彼女に伝え続けること。彼女が、一人じゃないと感じられる安全な場所を、作り続けてあげること。それしかないんだよ」


 本当の「盾」とは、悪意を跳ね返す、物理的な壁じゃない。


 その悪意に耐えうる、強い心を育む、温かい場所そのものなのだと。


 俺は、ようやくその意味を理解した。


 そして、俺が主将として、本当にすべきことも。


 俺は、隣に座るしおりのその、小さな背中を見た。


 彼女は、まだ、俯いたままだ。


 だが、その握りしめられた、拳はもう、震えてはいなかった。


 俺は、心に誓った。


 俺が、お前のその、安全な場所になってやる、と。


 俺たち全員で、お前を守る最強の壁に、なってやる、と。


 その俺の決意を伝えるように、俺は、ただ黙って、彼女の隣に座り続けた。


 長い長い、夜が、明けるまで、まだ時間はかかりそうだ。

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