切り裂かれた翼(6)
「…そのラケットは、廃棄予定です。」
しおりの、そのあまりにも、感情のない言葉。
それが、何よりも俺の胸を、締め付けた。
俺は、もう我慢できなかった。
「――先生…!」
俺はそれまで黙って、座っていた椅子から、立ち上がり富永先生へと、向き直った。
「それは、ただのラケットじゃ、ないんです!」
俺のその必死の声に、しおりの肩が、ほんの少しだけ、震えたのが分かった。
富永先生は、静かに俺の目を見つめ、そして促すように頷いた。
「それは、…しおりが最近、やっと昔の、友達と仲直りして、そいつと一緒に、嬉しそうに作ってた、新しいラケットで…。あいつにとって、ただの道具じゃ、なかったはずなんです。あいつの、新しい希望、みてえなもんだったんすよ…!」
俺のその、足りない、補足。
俺が、言葉を続ける。
「それに最近、学校の様子も、おかしいんです。しおりの、悪口みてえな、ひでえ噂が、広まってて…。『魔女』だの、『相手を、壊す』だの…。俺が一緒に、いれば、誰も面と向かっては、言ってこねえ。でも陰でコソコソと…。俺が、いくら注意しても、止められないんです」
俺の声が、怒りで震える。
風花の時と、同じだ。
見えない悪意が、俺の大切な仲間を、追い詰めていく。
そして、俺はまた、何もできない。
「先生、何とかする、方法は、ないんですか!?」
俺は、ほとんど懇願するように、叫んでいた。
「あいつ、本当は、あんな、奴じゃ、ないのに…!このままじゃ、あいつ、また、一人になっちまう…!」
俺のその、魂の叫び。
富永先生は、それを、静かに、全て受け止めてくれた。
そして彼のその穏やかな視線は、俺ではなく、隣にいる、しおりへと向けられた。
彼は、しおりに、問いかけた。
医者として、ではなく、ただ、一人の、人間として。
「…しおりさん。今の、部長さんの、話、聞いて、どう、思ったかな?」
その、あまりにも、静かな、問い。
しおりは、何も、答えない。
ただ、黙って、床を、見つめている。
だが、その握りしめられた彼女の小さな拳が、ほんの、わずかに震えているのを、俺は、見逃さなかった。
彼女のその、氷の仮面の下で、今激しい嵐が、吹き荒れているのだ。
俺はただ、固唾をのんで、彼女の次の言葉を、待つことしか、できなかった。
この診察室の、静寂がまるで永遠のように、感じられた。