切り裂かれた翼(3)
俺は、何も言えなかった。
ただ、拳を強く強く、握りしめることしか、できなかった。
この、どうしようもない怒りと後悔を、どこにぶつければいいのか、分からないまま。
そうだ。
また、こうやって、彼女は、心を、閉ざしていく。
氷の、仮面を、被り、一人で、戦おうとする。
俺が、弱いからだ。
俺が、頼りないからだ。
(…違う)
俺は、心の中で、叫んだ。
(もう二度と、あんな思いは、させねえ)
(風花の時のような、後悔は、もう二度と、ごめんだ)
俺は、拳を、ゆっくりと開いた。
そして、できるだけ、穏やかな声を作る。
自分の弱さを憎みながらも、今はしおりの、サポートが優先だ。
「…しおり」
俺がそう声を、かけると、彼女の、小さな肩が、びくりと震えた。
「もう練習は終わりだ。…家まで送る。行くぞ」
有無を、言わせない、口調。
彼女は、何も答えずに、ただこくりと、小さく頷いた。
俺たちは、二人で部室を後にした。
その、道中は無言だった。
俺の隣を歩く、彼女のその小さな背中は、今にも壊れてしまいそうなほど、儚くそして、あまりにも多くのものを、背負っているように見えた。
俺は、かける言葉を見つけられないまま、ただ、彼女の数歩後ろを、歩き続けた。
せめて、今この瞬間だけは、俺がお前の盾になってやる、と、心に誓いながら。
やがて、彼女の家の前に、たどり着く。
それは、俺が想像していたよりも、普通な一軒家だった。
ここで、彼女は、たった一人で、暮らしている。
その事実に、俺の胸が、また締め付けられる。
「…じゃあ、また、明日な」
俺が、そう、言って、帰ろうとした、その時だった。
「――あの、あなたは…」
不意に、背後から優しそうな、しかし、どこか芯のある、声がした。
振り返ると、そこには一人の、初老の男性が、立っていた。しおりの祖父だろうか。
その隣には心配そうな、顔をした祖母らしき、女性も、いる。
「あなたが、卓球部の、部長さん、かね?」
「あ、はい。そうですけど…」
「いつも、うちのしおりが世話に、なってる。ありがとう」
彼はそう言って、深く頭を、下げた。
その、あまりにも丁寧な態度に、俺はただ、恐縮するばかりだった。
「…いや、そんな…!俺の方こそ…!」
俺が、しどろもどろに、なっていると、彼は俺の目を、じっと、見つめて、言った。
「…もし、よかったら、少しだけ、上がっていかんかね?」
「しおりのことで、君に話しておかなければ、ならない、ことがあるんだ」
その、彼の、言葉。
その、真剣な、眼差し。
俺は、その誘いを、断ることは、できなかった。
俺は、ゴクリと唾を飲み込み、そして静かに、頷いた。
「…はい。お邪魔します」
俺は、覚悟を決めた。
彼女の、その氷の仮面の下に、隠された、本当の秘密。
それを知る、覚悟を。
そしてそれを知った上で、今度こそ彼女を絶対に、守り抜くという、覚悟を。
俺は、彼女の、祖父母に、促されるまま、その家の一軒家の裏手にある、大きな土地へと踏みいれた