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異端の白球使い  作者: R.D
探し物
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未来への約束(6)

 私の、静寂な世界は、もうない。


 そこには、親友の笑い声と、そして、少しだけ、恥ずかしくて、でも、どこまでも温かい光が、満ちていた。


 その、新しい世界の感触を、私はただ戸惑いながらも、受け止めていた。


 ____________________________


 私は、そのあまりにも人間的な反応を見せる、しおりの、横顔を見つめていた。


 そして壁一面に、並べられた、あの黒い、ラバーの、壁を。


 その中に、彼女が先ほど選んだ『Chaos』という、ラバーが、あった。


(…そういえば)


 私は、ずっと不思議に、思っていたことを、彼女に問いかけてみた。


「ねえ、しおり」


「ん?」


 しおりが、顔を上げる。その頬は、まだほんのりと赤い。


「しおりはさっき『Chaos』を、久しぶりに使うって言ってたけど…。今まで、使ってたその『Super Anti』って、ラバーは、アンチの中でも、どちらかというと、入門用なんでしょ?」


 私は、ビデオで彼女の卓球を研究する中で、ラバーの、知識も少しだけ、身につけていた。


「しおりならもっと変化の大きい、それこそ、『Chaos』みたいなラバーを、ずっと使っててもおかしくないのに。どうして、今まで、その『Super Anti』を、使ってたの?」


 私のその、素朴な疑問。


 それに、彼女は、一瞬だけ遠い目をした。


 そして、静かに、語り始めた。



 ______________________________




 葵の、その、問い。


 それは、私の卓球のスタイルの根幹に触れる、問いだった。


 私は、壁に並べられた黒い、ラバーたちを、見つめる。


「…確かに、性能面で言えば、『Chaos』の方が、強いかもしれません」


 私は、静かに、答える。


「あのラバーは、その名の通り、カオスな、予測不能な変化を、生み出す粒高のラバーです。相手を幻惑し、破壊するには、最適な武器です」


「じゃあ、どうして…?」


 葵が、不思議そうに、首を、傾げる。


 私は、自分の胸に、手を、当てた。


 そして、私の心の奥底にある、本当の理由を、言葉にする。


「…それは、私らしくないのです」


「え…?」


「私が、卓球に求めていたのは、ただ、相手を破壊するための力では、ありませんでした」


 私は、続ける。


「私が本当に、欲しかったのは…。外部からの、過剰な情報や、感情という名の『回転』を、完全に受け止め、そして無力化し、静かに相手に返す、という、絶対的な心の強さだったのです」


 そうだ。


 あの、小学生の、あの日。


 父の暴力と、母の裏切りの中で、私が求めていたのは、反撃の力ではなかった。


 ただ、その理不尽なエネルギーの奔流の中で、自分を、失わずに立っていられる、心の盾。


「『Super Anti』というラバーの性能。それは、決して、派手ではありません。ですが、その、『相手の力を、受け止め、無に還す』という、コンセプトこそが、私が、求めていた、心の、強さ、そのものだったのです」


 私の、その告白。


 それを聞いた葵は、何も、言わなかった。


 ただその大きな、瞳に、涙をいっぱいに溜めて、私の、ことを、じっと見つめていた。


 そうだ。


 これこそが、私の、本当の原点。


 勝利のためではなく、自分を守るために、選んだ、この、ラバー。


 そして今、私は、その盾を手に、新しい仲間たちと、共に、立っている。


 もう、私は、一人じゃない。


 だから、もう守るだけじゃ、なく、攻めることも、できる。


 この、じゃじゃ馬のような、『Chaos』を、使いこなす、ことも。


 そして、何よりも、卓球を、心から、「楽しむ」ことも。


 私は、新しい、ラケットを、店長さんから、受け取った。


 そのグリップの、感触を確かめるように、強く、握りしめる。


 作ってはみたが、メインのラケットをスーパーアンチラバーから変える予定はない。


 回転を無効化し、そしてある時は回転をなぞり受け入れる、そんなラバーがスーパーアンチラバー。


 私の戦いは、これからも、続くのだ。

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