未来への約束
私は、その解析不能な、しかし、決して不快ではない、感情の奔流に、戸惑いながらも、彼女に、次の問いを、投げかけていた。
これもまた、私の思考ルーチンが、導き出した答えではない。
楽しいという、感情、そこにもう少し浸かってみたいと思っていた。
「葵、これから、どこに行きましょうか。」
「え?」
葵が、鳩が豆鉄砲を食ったような、顔で、私を、見る。
「いいの?もっと、一緒に、いてくれるの?」
私は、彼女のその問いに、静かに頷いた。
「はい。まだ、時間もありますから」
「う、うん!私は、しおりがいいなら、どこでもいいよ!例え富士山でも!」
彼女は、そう言って、満面の笑みを、見せた。
(…どこへ、行くべきか)
私は、思考を、巡らせる。
富永先生は、言った。「焦らなくていい。ゆっくり、君の、ペースで」と。
ならば、今の、私に、できることは。
この、「楽しい」や、「嬉しい」といった、未知の、感情パラメータの、データを、一つでも、多く、収集し、そして、分析すること。
「…では、少し歩きましょうか。ウィンドウショッピング、という、行為に、興味があります」
「え、ウィンドウショッピング?」
「はい。様々な商品展示されている、視覚的情報に対し、どのように、ポジティブな、感情を形成するのか。そのプロセスを、観測したい」
私の、そのあまりにも、私らしい提案に、葵は一瞬きょとんとしたが、すぐに、ふふっ、と楽しそうに、笑った。
「そっか!分かった!じゃあ、行こっか!」
私たちは、駅前の、商店街を、歩き始めた。
私は、ショーウィンドウに、飾られた、洋服や、雑貨を、一つ一つ、指差しては、葵に問いかける。
「葵。あれは、客観的に、見て、『かわいい』という、カテゴリに、分類される、デザインですか?」
「え、えーっと、うん!あの、フリルとかリボンとか、すっごく、可愛いと、思うよ!しおりが着たらきっと可愛いだろうなぁ」
「なるほど。では、あの黒いジャケットは、『カッコいい』という、評価が、妥当でしょうか」
「うん!しおりが、着たら、絶対、似合いそう!」
(…私が着る、というシミュレーションは、不要な気がするが、恐らく、イメージして楽しむものなのだろう)
心の中で、そう呟きながらも、私は、葵とのその他愛のない会話がもたらす、温かいデータに満たされていくのを、感じていた。
そうして、私たちは、しばらく商店街を歩いていた。
そして私は、気づけば、一本の、見慣れた、通りの、前に、立っていた。
そこは、私の、心の、聖域。
店長さんのいる、あの卓球用品店へと、続く道だった。
私の足が、自然と、そちらへと向かう。
葵は、そんな私の様子を、何も言わずに、ただ静かに、そして優しく、隣で寄り添うように、歩いてくれていた。
その無言の優しさが、今の私には、何よりも心地よかった。
私の、新しい「実験」は、まだ、始まったばかりだ。