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異端の白球使い  作者: R.D
探し物
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約束のクレープ(2)

 約束の、日曜日。

 私は、待ち合わせの時間よりも、30分早く、駅前の時計台の下に、着いていた。

 心臓が、ドキドキと、高鳴っている。

 しおりと二人きりで、会うなんて、本当に、何年ぶりだろう。


(…しおり、どんな顔して、来るかな…)


 準決勝の後。彼女は、確かに、昔のあの優しい「しおり」に、戻っていた。

 そして、その後専門の先生の診察も受けていると、聞いている。

 もしかしたら、今日も、あの、太陽みたいな、笑顔を、見せてくれるかもしれない。

 そんな、淡い、希望を、胸に、抱きながら、私は、彼女が、現れるのを、待っていた。


 しおりが来た、考えてみれば、30分も早く来るのはやり過ぎた、恥ずかしい。時計台を時計回りに回って、時間通りにいこう。


「しおりっ!ごめん、待った?」


「いえ。私も、今、来たところです」



 その声の、響きに、私の心臓が、きゅうっと、締め付けられる。

 それは、私が、期待していた、柔らかい、声では、なかった。

 いつもの、あの、平坦で、そして、感情の、読めない、声。


 振り返ると、そこには、氷の仮面を、被った、しおりが、立っていた。

 ああ、そっか。

 やっぱり、まだ、そっちなんだね。

 分かっては、いた。分かっては、いたけど、ほんの少しだけ、胸が、痛んだ。

 私の、その、落胆に、彼女が、気づいたかどうかは、分からない。


(…ううん。大丈夫。これも、しおりなんだ。私が、好きになった、しおりなんだから)


 私は、自分にそう言い聞かせ、そして、決意を、固める。

 そうだ。私は、決めたんだ。

 どんな、あなたでも、丸ごと、受け入れて、好きになる、努力を、する、って。

「さあ、しおり、行こう!」

 私は、精一杯の、笑顔で、彼女に、話しかける。


 私たちは、クレープ屋さんへと向かう。

 道中、私が一方的に話しかけ、彼女が短く相槌を、打つ、というぎこちない会話が続く。

 でも、不思議と嫌では、なかった。

 彼女が、こうして、私の、隣に、いてくれる。

 ただ、それだけで、私の、心は、満たされていた。


 クレープ屋さんの前で、彼女は、色とりどりの、メニューを、じっと見つめていた。

 その、横顔は、真剣そのもの。

 まるで、難解な、パズルでも解いているかのようだ。


(…ふふっ。クレープを選ぶだけで、そんなに真剣な顔しなくても、いいのに)


 その、不器用さが、愛おしい。

 やがて、彼女が、選んだのは、チョコバナナ生クリーム。

 そして、その、理由を、彼女らしい、分析的な、言葉で、私に、説明してくれた。

 私は、その、あまりの、彼女らしさに、思わず、笑ってしまった。


 公園の、ベンチに、腰掛けて、二人で、クレープを、食べる。

 私は、彼女の、横顔を、盗み見た。

 彼女は、おそるおそる、クレープを、一口、食べ、そして、その、動きを、止めた。

 そして、じっと、何かを、考えている。


(…今、あなたは、何を感じてるの?)

(「美味しい」って、感じてる?「嬉しい」って、感じてる?)


 彼女の、その、心の、中の、「感じる作業」を、邪魔しないように、私は、ただ、黙って、彼女を、見守っていた。

 どれくらい、そうしていただろうか。

 不意に、彼女が、私の方を、向き、そして、言ったのだ。


「……また、来ましょう。約束です」と。


 その、言葉。

 その、未来への、約束。

 私の、心の中で、何かが、弾ける。

 ああ、あなたは、ちゃんと、前に、進もうとしているんだね。

 私と、一緒に。


 私の、瞳から、熱い、何かが、零れ落ちそうになるのを、必死に、堪えた。

 そして、精一杯の、笑顔で、頷き返す。


「…!?、うん!」


 そうだ。

 私は、この、笑顔を、守るために、ここに、いるんだ。

 あなたの、その、分厚い、氷の仮面が、完全に、溶けて、本当の、あなたが、心から、笑えるように、なる、その、日まで。

 私は、あなたの、一番、近くで、あなたを、支え続ける。


 それが、私の、新しい、そして、本当の、「救済」の、形なのだから。

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