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異端の白球使い  作者: R.D
前哨戦

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情報収集

 私のマシン練習は、普段よりも早く切り上げた。


 部長の「部室に集合」という言葉が、私の思考ルーチンにおいて優先度の高いタスクとして認識されたからだ。


 卓球台を片付け、汗を拭いながら部室の扉を開けると、そこにはすでに部長と三島さんの姿があった。


 小さな部室の中央には、ポータブルDVDプレイヤーと、数枚のDVDケースが置かれている。三島さんが昼間に集めてくれた、県大会の有力選手たちの試合映像だろう。


「お、静寂、来たか。まあ、座れよ」


 部長は、パイプ椅子を一つ、私の方へ無造作に指し示した。


 彼の顔には、まだ練習の熱気が残っているが、その瞳は既に次の戦いへと向けられている。


 三島さんは、少し緊張した面持ちで、しかしどこか誇らしげにDVDプレイヤーの準備をしていた。彼女の努力が、こうして形になっているのだ。


「…ありがとうございます」


 私は、短く礼を述べ、部長の隣の椅子に腰を下ろす。


 部室の中は、卓球用具特有のゴムの匂いと、部員たちの汗の匂い、そして古い木の匂いが混じり合った、独特の空気が漂っている。


 それは、私の「静寂な世界」とは異なる、しかし不快ではない種類の、ある種の「日常」の匂いだった。


「よし、あかねちゃん、早速だが、まずは…そうだな、あの『常勝学園の青木』ってやつの映像から見せてくれ。」

 部長が言うと、三島さんは頷き、慣れた手つきでDVDをプレイヤーにセットした。壁に立てかけられたホワイトボードに、プロジェクターで映像が投影される。


 画質はそれほど良くないが、選手の動きやボールの軌道は十分に確認できるレベルだ。


 画面に映し出されたのは、常勝学園のユニフォームに身を包んだ、長身の女子選手。


 右シェークドライブ型の、非常に安定した、そして美しいフォーム。


 それが、青木 桜。彼女の放つフォアハンドドライブは、コースが厳しく、回転量も豊富だ。


 そして何よりも、試合運びがクレバーで、相手の弱点を的確に突いてくる。


 …青木れいかの姉と思われる人物だ。


 雰囲気は似ているが、卓球のスタイルは、より洗練され、完成度が高い。正統派のオールラウンダー。


 私の「異端」とは対極に位置する選手だ。


 私は、彼女のサーブの種類、レシーブのコース、得意なラリー展開、そして失点パターンなどを、冷静に分析し、記憶していく。


「…強いな、この青木って選手。穴らしい穴が見当たらねえ。こりゃあ、静寂、お前にとってもかなりの強敵になるんじゃねえか?」


 部長が、腕を組みながら唸るように言った。彼の表情は真剣そのものだ。


「特に、あのバックハンドの安定感。お前のスーパーアンチの変化球にも、簡単には崩されねえかもしれんぞ」


「…確かに、高いレベルで安定しています。ですが、彼女の卓球は『予測可能』な範囲にあります。私の『異端』は、その予測の外から仕掛けるためのものです」


 私は、静かに答える。


「しおりさん…でも、青木選手、去年の県大会準優勝って…」


 三島さんが、心配そうに声を挟む。彼女は、純粋に私のことを案じているのだろう。


「…結果は、やってみなければ分かりません。データは、あくまで過去のものですから」


 私は、彼女の不安を打ち消すように、しかし淡々と告げた。


 次に映し出されたのは、「雷鳴館中学・鬼塚 達也」選手の試合映像。


 これは、部長が県大会で当たる可能性のある相手だ。画面の中の鬼塚選手は、まさに「超攻撃型」という言葉がふさわしい、荒々しくも破壊力抜群の卓球を展開している。


 サーブからの3球目攻撃は、一撃必殺の威力を秘めていた。


「うおっ、なんだこのパワーは!化け物かよ!」


 部長が、思わず声を上げる。彼の額には、再び汗が滲んでいた。


「ラケットがボールで弾かれるの、はじめてみました…」


 あかねさんも、驚愕している。


「…だが、面白い!こういう奴と真正面から打ち合ってみてえもんだぜ!」


 すぐに闘志を取り戻すあたりは、さすが彼と言うべきか。


 …鬼塚選手の卓球は、一点集中型のパワープレイ。


 部長の粘り強さと、時折見せる変化球が通用すれば、勝機はある。


 だが、一度流れを掴まれると、一気に持っていかれる危険性も高い。


 部長のメンタルと、試合運びの冷静さが鍵となるだろう。


「部長先輩なら、きっと大丈夫ですよ! 部長先輩のガッツとパワーは、誰にも負けませんから!」


 三島さんが、拳を握りしめて部長を応援する。彼女の言葉は、不思議と説得力があった。


 最後に、「月影女学院・謎のカットマン」の映像。


 それは、去年の大会の断片的なもので、画質も悪く、選手の顔もはっきりとは分からない。


 しかし、その変幻自在なカット、台から大きく離れてもしぶとくボールを拾い、そして時折見せる鋭い攻撃は、確かに不気味なほどの強さを感じさせた。


「…これは、厄介だな。」


 部長が、低い声で呟いた。


「カットマンってのは、ただでさえ戦いづれえのに、こいつは何か違う。リズムが読めねえし、何をしてくるか分からん。静寂、お前もこういうタイプは苦手なんじゃねえか?」


 彼の問いに、私は静かに頷いた。


「…カットマンとの対戦経験は、多くありません。あの変化の質と、私の変化の質、どちらが相手の予測を上回るか。そして、何よりも…根負けしない精神力が求められます」


 映像を見終えた後、部室にはしばしの沈黙が流れた。


 それぞれの胸の中に、県大会という舞台で待ち受けるであろう、強敵たちの「影」が、より鮮明な形で刻み込まれたからだ。


「…よし!」


 沈黙を破ったのは、やはり部長だった。


「相手が強えってんなら、それ以上に俺たちが強くなりゃいいだけの話だ! あかねちゃん、今日の分析ご苦労さん! 静寂、お前も、今日の映像で何か掴めたか?」


「…はい。いくつかの有効な戦術パターンと、警戒すべきポイントを抽出できました。」


 私はそう答える。


 恐怖ではない、むしろ私の分析欲と、勝利への渇望は、これらの強敵の存在によって、さらに研ぎ澄まされていくのを感じていた。


「いい目だ、静寂」


 部長は、満足そうに頷いた。


「県大会まで、あとわずかだ。残りの時間、やれるだけのことは全部やるぞ。そして必ず、全国への切符を掴み取る!」


 彼の力強い言葉が、小さな部室に響き渡る。


 私は、静かに頷き、クリアファイルに収められたライバルたちの情報へと、再び視線を落とした。


 県大会。それは、私の「異端」が試される、最初の大きな関門。


 そして、その先に見えるかもしれない「全国」という舞台。


 私の戦いは、まだ始まったばかりだ。

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