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異端の白球使い  作者: R.D
探し物
378/674

独白

 富永先生の診察室を、出た後、私は、祖父母と別れ、自分の、家へと、帰ってきた。


 ただいま、という、私の、声に、返事は、ない。


 それが、私の、日常。


 それが、私の、「静寂な世界」。


 私は、自分の、部屋に、入ると、カバンを、放り出し、そして、そのまま、ベッドに、飛び込んだ。


 ひんやりとした、シーツの、感触が、心地よい。


 私は、手癖のように、枕元に、置いてあった、ラケットを、手に取り、くるくると、回し始める。


 裏ソフトの、粘着質な、感触と、アンチラバーの、無機質な、感触が、交互に、指先を、掠める。


 いつもなら、その、感触が、私の、思考を、クリアに、してくれる、はずだった。


 なのに。


(…君が、ずっと、身に、つけてきた、その『氷の壁』はね、君が、生き延びるために、必要だった、本当にすごい、発明だったんだ)


 富永先生の、あの、温かい、声が、私の、思考ルーチンの中に、何度も、何度も、再生される。


 氷の壁。


 そうだ。


 私は、ずっと、この、壁の、中で、生きてきた。


 外部からの、ノイズを、遮断し、感情を、捨て、論理だけで、世界を、構築する。


 それが、私を、守るための、唯一の、方法だと、信じて。


(…だが、その、氷の壁が、もう、まもなく、崩れるだろう、という、直感が、ある)


 葵との、試合。青木桜との、死闘。


 あの、試合の中で、私の、壁は、確かに、ひび割れた。


 そして、その、亀裂から、私が、ずっと、封じ込めていたはずの、たくさんの、「ノイズ」が、溢れ出してきた。


 葵の、手を、取った時の、温かさ。


 勝利した、時の、喜びの、涙。


 そして、今、この、胸の、奥で、渦巻いている、この、静かな、寂しさ。


(感情は、本当に、ノイズなのか?)


 私の、思考ルーチンが、初めて、その、システムの、根幹を、なす、大原則に、対して、疑問符を、提示した。


 これまでの、私なら、ありえなかった、ことだ。


(確かに、父の、あの、暴力的な「怒り」は、私を、破壊した。葵の、あの、私への、強すぎる「想い」は、私の、思考を、混乱させた。それらは、明らかに、マイナスの、影響を、もたらす、変数だ)


 私は、ラケットを、回す、手を、止め、じっと、天井を、見つめる。


(だが)


(葵の、声援が、私の、限界を、超えさせた、あの、力。あかねさんの、優しさが、もたらす、この、胸の、温かさ。仲間がいる、という、安心感。それらは、私の、パフォーマンスを、明らかに、向上させた。プラスの、変数だ)


(…つまり)


 私の、思考ルーチンが、新しい、一つの、結論を、導き出す。


(感情は、プラスにも、働くし、マイナスにも、働く。 それは、ただの、ノイズでは、なく、人間の、行動を、左右する、最も、強力で、そして、最も、予測不能な、エネルギー。そういう、こと、なのかもしれない…)


 その、仮説は、私の、これまでの、世界の、全てを、根底から、覆す、あまりにも、危険で、そして、魅力的な、ものだった。


 私は、ゆっくりと、目を開ける。


 窓の外は、もう、夕暮れの、茜色に、染まっていた。


(ならば)


(この、新しい、変数を、どう、制御し、そして、どう、活用すれば、いいのだろうか…)


 私の、新しい、「実験」が、今、静かに、始まろうとしていた。


 それは、卓球の、コートの、上では、ない。


 この、私自身の、心の中、という、最も、複雑で、そして、厄介な、フィールドでの、戦いの、始まりだった。



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