崩れる壁
ブロック大会での、優勝。
その事実は、第五中学、卓球部に大きな栄誉を、もたらした。
だが、その裏側で、私に対する、評判は、どんどん、地に落ちていた。
「なあ、あれ、静寂しおりだろ…」
「やばい、目を、合わせるなよ…」
「彼女と戦った、相手、心が折れて、棄権したんだって…」
学校での噂を越え、地域の卓球観戦の人たちの間でも、そんな、声が、囁かれるようになっていた。
私の卓球は「強い」では、なく、「恐ろしい」あるいは「残酷だ」と。
「予測不能の魔女」という二つ名は、もはや賞賛ではなく、畏怖と、そして軽蔑の、対象となっていた。
私は、そんな周りの声を、気にしていない、ふりをしていた。
練習中も、私は、いつも通り、一人、卓球マシンを、相手に、完璧な、フォームで、ボールを、打ち続ける。
私の「静寂な世界」は、外部からの、ノイズに、影響されることはない。
私の、思考ルーチンは、それらの、非合理的な、情報を、全て、無意味な、データとして、処理し、そして、削除するはずだった。
そのはずなのに。
なぜだ。
私の、システムは、正常な、はずだ。
なのに、その不快な、ノイズが、頭から、離れない。
そして、そのノイズは、私の、心の奥底に、これまで、感じたことのない、奇妙なパラメータの異常を、引き起こしていた。
胸の、奥が、ちりちりと、焼けるような、不快感。
そして、どこか、息苦しい、圧迫感。
(…これが「感情」…?「悲しい」あるいは、「寂しい」と、分類される、データ、なのか…?)
(馬鹿な。私が?私が、こんなノイズに、心を、乱されている、というのか?それは、あまりにも、非合理的だ。私は、強く、ならなければ、ならないのに…)
私が、気にしてることが、私自身、意外だった。
この、変化に、私は、戸惑っていた。
「しおりちゃん、お疲れ様!すごい、集中力だね!」
あかねさんが、いつものように、太陽みたいな、笑顔で、タオルと、ドリンクを、持ってきてくれた。
その、声に、私は、はっと、我に返る。
「…ありがとう、ございます」
私が、そう、言って、タオルを、受け取ろうとした、その時だった。
彼女は、私の、目を、じっと、見つめて、そして、少しだけ、悲しそうな、顔で、言った。
「…ねえ、しおりちゃん。気にしなくて、いいんだよ。あんな、勝手なこと、言う人たちのことなんて」
「しおりちゃんの、卓球は、本当に、すごいんだから。綺麗で、そして、誰よりも、強いんだから。私が、保証する」
その、あまりにも、真っ直ぐな、言葉。
私の、心の、氷の壁に、また、一つ、温かい、光が、差し込んでくる。
その、光が、心地良い、と、思う、自分と。
その、光が、私の、システムを、狂わせる、と、拒絶する、自分。
二人の、私が、私の、中で、激しく、ぶつかり合う。
私は、何も、答えられない。
ただ、彼女から、タオルを、受け取り、そして、顔を、うずめることしか、できなかった。
その、タオルの、温かさが、なぜか、あの、葵の、手の、温もりと、少しだけ、似ているような、気がした。
私の、本当の「戦い」は、もはや、コートの、中だけでは、なかった。
この、私自身の、心の中にある、氷の壁を、どうするのか。
その、答えの、出ない、新しい、戦いが、静かに、始まっていたのだ。