白い天井と黒い不安
私の、新しい、物語は、またしても、この、白い、部屋から、始まろうとしている。
だが、今度は、もう、一人じゃない。
その、事実が、私の「静寂な世界」に、どのような、変化を、もたらすのか。
それは、まだ、誰にも、予測できない、新しい、実験の、始まりだった。
しばらくして、葵と、部長は、看護師さんに、促される形で、帰っていった。
葵は、何度も、何度も、私を、振り返り、その、瞳には、大きな、不安が、浮かんでいた。
私は、そんな、彼女に、精一杯の、無表情を、作り、「問題ない」と、目線で、伝えた。
それが、今の、私にできる、唯一の、気遣いだったからだ。
そして、病室には、再び、静寂が、訪れる。
私は、一人になった。
ピッ、ピッ、ピッ、という、規則正しい、電子音だけが、私の、意識に、響いている。
私は、ただ、ぼんやりと、天井を、見上げていた。
シミ一つない、白い、天井。
消毒液の、ツンとした、匂い。
腕に、繋がれた、点滴の、チューブ。
(…この、光景)
その、瞬間。
私の、思考ルーチンが、過去の、データベースの中から、一つの、ファイルを、検索し、そして、再生を、始めた。
それは、私が、最も、見たくない、そして、最も、深く、封印していたはずの、記憶。
昔の、自殺を、試みた時と、同じ、天井。
同じ、匂い。
同じ、絶望感。
あの時も、私は、こうして、一人、病院の、ベッドの、上で、目を、覚ました。
そして、全てを、失ったことを、知った。
家族も、友達も、そして、自分自身の、心さえも。
だから、私は、決意したのだ。
もう、何も、感じないと。
もう、誰も、信じないと。
ただ、勝利という、結果だけを、求める、冷徹な、機械に、なると。
「静寂しおり」という、新しい、システムを、作り上げた。
だが。
今日の、私は、どうだ。
私は、勝った。
ブロック大会で、優勝した。
私の、システムは、完璧に、機能し、勝利という、最適解を、導き出した、はずだった。
なのに、なぜ、私は、また、ここに、いる?
(…違う)
私は、気づいてしまう。
私が、倒れたのは、敗北したからでは、ない。
私が、倒れたのは、勝利の、その、喜びの、中でだった。
葵の、声援に、応え、仲間たちの、信頼を、感じ、そして、卓球が、「楽しい」と、感じてしまった、あの、瞬間。
私の、システムは、その、「温かい、感情」という、未知の、ウイルスの、侵入を、許してしまったが故に、暴走し、そして、クラッシュしたのだ。
(…結局、私は、何も、変われていないのかもしれない)
私の、胸の中に、漠然とした、不安が、黒い、霧のように、広がっていく。
(氷の、仮面を、被り、感情を、捨てたつもりでいた。だが、それは、ただの、脆い、壁でしかなかった。葵が、仲間たちが、その、壁を、少し、叩いただけで、いとも、簡単に、崩れ去ってしまった)
(そして、その、結果が、これだ)
(私は、強く、なったのでは、なかったのか?孤独を、受け入れ、異端者として、完成したのでは、なかったのか?)
(…違う。私は、ただ、昔と、同じように、弱く、脆く、そして、誰かの、温もりが、なければ、立っていることさえ、できない、ただの、欠陥品だ)
その、思考が、私の、心を、深い、深い、闇の中へと、引きずり込んでいく。
私は、その、闇の中で、再び、あの日のように、一人、膝を、抱える。
勝利の、高揚感は、もう、どこにもない。
あるのは、ただ、自分自身の、不完全さに、対する、絶対的な、絶望だけ。
白い、天井が、どこまでも、どこまでも、私を、見下ろしているようだった。
私の、本当の、夜は、まだ、始まったばかりなのかもしれない。