ホワイトアウト
私の、本当の、物語は、今、ここから、始まるのだから。
葵の、その、力強い、頷きを、胸に、私は、再び、コートへと、向かった。
インターバルの、短い、時間は、あっという間に、過ぎ去る。
第三セット。セットカウント、静寂 2 - 0 山上。
これを、最後のセットにする。
私の体力は、もう、限界に、近い。
だが、心は、不思議と、軽かった。
楽しい。
ただ、純粋に、この、一球、一球を、打ち返せる、この、瞬間が、楽しい。
試合は、序盤から、壮絶な、打ち合いとなった。
山上選手も、もう、後がない。彼女は、これまでの、迷いを、振り払うかのように、その、得意な、速攻で、私に、襲いかかってくる。
だが、今の、私には、もう、通用しない。
私は、彼女の、その、速攻を、さらに、上回る、速攻で、応戦する。
フォアハンドでの、ドライブの、応酬。
その、中で、時折、見せる、バックハンドでの、アンチラバーの、変化。
それは、もはや、戦術では、ない。
私の、楽しむ、という、感情が、生み出す、即興の、音楽のようだった。
山上選手は、ギリギリまで、私に、食らいついてきた。
彼女もまた、素晴らしい、選手だ。
その、闘志が、私の、心を、さらに、熱くさせる。
静寂 9 - 3 山上
マッチポイント。
最後もまた、長い、長い、ドライブの、応酬だった。
そして、最後は、私のフォアハンドドライブが、彼女のコートの隅へと、突き刺さり、この死闘に、終止符を、打った。
静寂 11 - 3 山上
試合終了。
優勝…
その、実感が、湧く前に、私の、体を、これまで、感じたことのない、凄まじい、疲労感が、襲った。
足が、震える。
視界が、ぐにゃりと、歪む。
私は、ネット際に、歩み寄り、山上選手と、握手を、交わす。
彼女の、悔しそうな、しかし、どこか、清々しい、顔。
私は、何か、言葉を、かけようとしたが、声が、出なかった。
ベンチに、戻る。
未来さんが、心配そうに、私を、見ている。
そして。
観客席から、一人の、少女が、駆け下りてくる。
あおだ。
彼女もまた、涙で、ぐしゃぐしゃの、顔で、でも、満面の、笑みで、私の、元へと、走ってくる。
「しおりっ…!」
ああ。
あおが、私を、呼んでる。
私が、ずっと、聞きたかった、声。
私が、ずっと、見たかった、笑顔。
私は、彼女に、応えるように、笑おうとした。
だが、その、瞬間。
私の、意識が、ぷつり、と、途切れた。
世界が、白く、染まっていく。
誰かが、私の、体を、支えようとしてくれる、感触。
「…あお…また…、ね…」
私は、最後に、彼女の、名前を呟き、そして、その、深い、深い、闇の中へと、意識を、手放した。
私の、新しい、はずだった、物語は、こんなにも、呆気なく、終わりを、告げるのだろうか。