まだ見ぬ強敵の影
次の日の練習中。
「静寂! ちょっといいか!」
部長の声が、私の多球練習を中断させた。彼の手には、数枚のプリントが握られている。
「次の県大会のの相手、そのデータがあるらしい、確認してみないか?」
「します」
私が即答すると、部長はニカッと笑った。
「よし、そう言うと思ったぜ! 静寂。お前の戦い方はテレビ放送されてる、相手は研究しているだろう、こちらも負けていられんぞ!」
その時、あかねさんが、少し興奮した面持ちで駆け寄ってきた。
その手には、彼女がいつも熱心に書き込んでいるマネージャーノートとは別に、数枚の資料が挟まれたクリアファイルがあった。
「部長先輩!しおりさん!ここにいたんだ!対戦する相手選手と、あと県大会の有力選手のデータと試合動画、少しですけど集めてみたんです!」
彼女は、そう言ってクリアファイルとDVDを私たちに見せた。そこには、各校の昨年度の主な戦績、注目選手のプレースタイル(彼女なりの言葉で書かれている)
そしていくつかの学校の卓球部の集合写真のコピーまでがまとめられていた。
「お、おう、あかねちゃん! すげえな、これ!いつの間にこんなもんを…」
部長が、素直に感嘆の声を上げる。私も、彼女の行動力と情報収集能力に内心驚いていた。
単なる記録係に留まらず、チームのために積極的に動こうとする彼女の姿勢は、私のデータベースにはない種類の「献身性」だった。
「えへへ…昨日、他の学校の卓球部のホームページとか、去年の大会結果とか、色々調べてみたんです。少しでもお二人の役に立てればと思って…」
三島さんは、少し照れくさそうに頭を掻いた。
「…ありがとうございます、あかねさん。非常に有益な情報です」
私は、彼女に礼を述べ、資料に目を通す。そこには、確かにいくつかの注目すべき名前と、そのプレースタイルの特徴が記されていた。
「常勝学園・青木 桜」:去年の県大会個人戦準優勝。右シェーク裏裏の正統派ドライブ主戦型。
安定した両ハンドドライブと、クレバーなコース取りが持ち味。
写真の彼女は、青木れいかというクラスメイトと雰囲気が似てる、姉だろうか。
この選手との対戦は、避けられないかもしれない。そして、彼女は私の「異端」をどう分析し、どう対応してくるのか。
「雷鳴館中学・鬼塚 達也」:超攻撃型の選手。
サーブからの3球目攻撃の威力は県内トップクラスとの記述。写真の彼は、鋭い眼光で、いかにもなパワーヒッターという風貌だ。
…こちらは部長が対戦する相手のデータだ、パワー型なら変化球も出せる部長の方が有利そうではあるが、相手も、隠し球のひとつやふたつはもっているだろう。
「月影女学院・謎のカットマン」:名前は不詳だが、変幻自在のカットと、時折見せる鋭い攻撃で、去年多くのシード選手を破ったダークホース。
写真はないが、そのプレースタイルは私の「異端」とは異なる種類の「異質さ」を感じさせる。
…カットマンとの対戦経験は少ない。その変化の質と、私の変化の質、どちらが上回るか。
これらの情報を見ていると、まだ見ぬライバルたちの姿が、ぼんやりとではあるが、私の脳裏に像を結び始める。彼らのプレースタイル、得意な戦術、そしておそらくは、勝利への渇望。
それらが、まるで影のように、県大会という舞台の向こう側から、私にプレッシャーをかけてくる。
「…静寂、どうだ? 面白そうな奴ら、いっぱいいるだろ?」
部長が、私の表情を読み取ろうとするかのように、ニヤリと笑いながら言った。
「県大会は、こういう奴らとの真剣勝負の場だ。お前のその『異端』が、どこまで通用するのか、俺も楽しみにしてるぜ。」
「…ええ。非常に興味深いデータです。」
私は、静かに頷いた。これらの「影」は、私にとって恐怖ではない。むしろ、私の分析欲と、勝利への渇望を、さらに強く掻き立てる存在だ。
「よし! あかねちゃん、その資料、後で俺にもじっくり見せてくれ! 練習に一段落ついたら部室に集合だ!DVDを確認するぞ!」
部長は、そう言って三島さんの肩を叩き、再び練習へと戻っていった。
三島さんは、少し嬉しそうに微笑みながら、私に向き直った。
「しおりさん…私も、もっともっと勉強して、しおりさんや部長先輩の力になれるように頑張りますね!」
彼女の言葉には、一点の曇りもない、純粋な思いが込められていた。
…ライバルたちの影。そして、私を支えようとしてくれる、これらの存在。
県大会という舞台は、私の卓球を、そして私自身を、大きく変える転換点になるのかもしれない。
私は、クリアファイルに収められたライバルたちの情報をもう一度見つめ、そして、静かにラケットを握り直した。
一週間後、この「影」たちが、現実の脅威として私の前に立ちはだかる。その時までに、私の「異端」を、さらに研ぎ澄まさなければならない。
私はマシンの練習をそこそこに、部室へと引き上げていった




