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異端の白球使い  作者: R.D
決勝戦
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夢幻泡影の少女(2)

 ベンチに戻ると、未来さんが、静かに、タオルとドリンクを、差し出してくれた。


 その、彼女の深淵のような、瞳には、どこか、楽しそうに卓球をする、私を見て、少し嬉しそうな色が、浮かんでいた。


「お見事でした、しおりさん。素晴らしい、試合の、入り方です」


「ありがとう!未来さん!」


 私の口から、自分でも、驚くほど、明るく、弾んだ声が出た。


 体の、奥底から、アドレナリンが、溢れ出してくる。


 これが、ランナーズハイ、という状態に近いのだろうか。


 見える景色、全てが、キラキラと輝いて見える。


 そして、何よりも、卓球が、楽しくて仕方がない。


 そんな、私の、様子を見て、未来さんは、ふふっ、と、小さく笑みを漏らした。


「…ですが、しおりさん。一つ、気になったことが。」


 彼女は、そう、言って、私を、真っ直ぐに、見つめた。


「第一セット、あなたのバックハンドのほとんどが、裏ソフトでの、応戦でしたね。相手のドライブに対して、あなたは、わざわざ、ラケットを持ち替えて、裏ソフトで、打ち合っていた。」


 彼女のその、的確な指摘。


 私は、少しだけ、子供のように、唇を尖らせて、答えたのかもしれない。


「ええ。だって、その方が、楽しいじゃないですか。相手の、ボールの想いを、ちゃんと受け止めて、打ち返してあげたいから」


 それが、今の、私の、偽らざる気持ちだった。


 異端の、力で、相手を、支配するのでは、ない。


 王道の、力で、相手と、対等に、語り合いたい。


 私の、その、言葉に、未来さんは、静かに、頷いた。


「ええ、分かります。それが、あなたの、言う、『対話』なのですね」


 そして、彼女は、続けた。その、声は、まるで、私の、心の、一番、奥底に、語りかけるようだった。


「ですが、しおりさん。相手の、回転を、無効にする、あの、アンチラバーでも、対話はできる、と、私は、思います」


「え…?」


「完全に、『無』に、するだけが、あなたの、アンチの、使い方では、ないはずです。相手の、想いを、一度、受け止めて、そして、全く違う質の言葉として、返してあげる。それもまた、一つの、対話の、形なのでは、ありませんか?」


 未来さんの、その、言葉。


 それは、私のこれまでに存在しなかった、全く、新しい、概念を、投げかけた。


 アンチラバーでの、「対話」。


 回転を、殺すだけの、ラバーで?


 どうやって…。


 いや、待て。


 本当に、そうか?


 あの、黒い、ラバーは、本当に、ただ、回転を「無」に、するだけの、ものなのか?


(…違う)


 私の、脳裏に、閃きが、走る。


(スーパーアンチラバーの、特性。それは、相手の、回転の影響を受けにくい、ということ。だがそれは、摩擦がゼロ、というわけでは、ない。インパクトの、角度と、ボールとの、接触時間を、極限まで、短くすれば…)


(…そうだ。ボールをラバーの上で、回転に逆らわずに滑らせれば、そのボールは、回転が、同じ性質として、残るはずだ!)


 それは、ナックルでも、スピンでもない、第三の、ボール。


 相手の、想いを、少しだけ、残したまま、私の、意志を、上乗せして、返す、という、新しい、コミュニケーション。


 …忘れていた、私はあらゆる方法を使って、勝ちを手繰り寄せていた、この打ち方も、散々練習してしていたはずだ。 

 アンチラバーは、私にとって拒絶の証、無意識に使うのを躊躇っていた。


 インターバル終了を、告げる、ブザーが、鳴り響く。


 私は、立ち上がり、未来さんを、見つめ返した。


「…未来さん。ありがとう。」


「…面白い、『実験』が、できそうです」


 私の、その、言葉に、未来さんは、満足そうに、そして、どこか、誇らしげに、微笑んだ。


 私は、コートへと、向かう。


 その手の中には、もう一つ、新しい、対話の答えが握られていた。

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