過去への栞(3)
私たちの、毎日は、輝いていた。
クラスでは、相変わらず、二人ぼっちだったけれど、そんなことは、少しも、気にならなかった。
休み時間には、二人で、絵を、描いたり、次の、テストの、話をしたり。
放課後には、公民館の、卓球室で、日が、暮れるまで、ボールを、打ち合った。
あおの、打つ、ボールは、いつも、真っ直ぐで、そして、とても、綺麗だった。
彼女と、一緒に、いられる、時間。
それだけが、私の、世界の、全てだった。
私の家では何かが、静かに、そして、確実に壊れ始めていた。
私の、お父さん。
最初は、「都会から来た、すごい人」として、この小さな町でも、人気者だった。会社の人たちも、近所の人たちも、みんな彼に、優しかった。
でも、その魔法は、長くは、続かなかった。
数ヶ月もすれば、誰もが、彼のその、都会的な、物言いの、奥にある、態度の悪さに、気づき始める。
会社での、成績も、芳しくなく、そして、次第に、誰も、彼に、話しかけなくなった。
かつて、人気者だった、彼は、あっという間に、つま弾きものに、なっていった。
そして、その、歪んだ、不満の、矛先は、家の中へと、向けられた。
最初は、些細な、ことだった。
お母さんに、対する、八つ当たり。
食事が、まずい、と、皿を、壁に、投げつけたり。
ささいな、ことで、怒鳴り声を、上げたり。
家に、帰ると、いつも、お父さんの、機嫌の悪い、声がして、お母さんは、いつも、悲しそうな、顔をしていた。
私は、学校では、その、ことを、おくびにも、出さなかった。
あおの前では、いつも、笑っていた。
彼女の、その、太陽みたいな、笑顔を、私の、家の、暗い、空気で、曇らせたくなかったから。
でも、その「暴力」は、ついに、私にも、向けられるようになった。
ビンが、投げつけられたり、水に、顔を、押し付けられて、窒息しそうになったり。
そんな、地獄のような、日々。
それでも、私は、学校では、普通の子を、演じていた。
あおの前では、いつものように、静かに、微笑んで、いた。
だから、彼女は、気づいていなかったはずだ。
私のその、小さな体が、どれほどの痛みに、耐えていたのかを。
彼女と、一緒に、卓球を、している、時間だけが、唯一、その、地獄から、逃げられる、場所だったのかもしれない。
逃げるように、近くの卓球の会に、葵を、誘っていったりしてた
今、思えば、あの時の、私の、その、必死な、誘いは、私自身の、SOSだったのかもしれない。
そして、その、二人の、ささやかな「聖域」もまた、壊される日が、やってくる。
静かに、そして、あまりにも、残酷な、形で。