泡沫夢幻の今(2)
「…確かにそうだったかもしれません。しかし、今回はあなたの勝ちです、誇りを持って戻りましょう、葵さんが待ってますよ。」
未来さんは、そう言って、私たちが戻る場所を示す方向を、指差した。
私は、その指差す先を、見た。
観客席の一番前で、葵が一人、泣きじゃくりながら、そして、満面の笑みで、私に、手を振っているのが、見えた。
その、姿を見て、私の、胸の中に、また、あの、温かい、そして、少しだけ、くすぐったいような感情が、広がっていく。
そして、同時に、強い、強い、痛みが、胸を、締め付けた。
私は、未来さんと、二人で、その温かい光が待つ場所へと、ゆっくりと、歩き出した。
一歩一歩、彼女に近づくたびに、私の、心の、奥底に封印していた、過去の記憶が、溢れ出してくる。
あの日、私が振り払った、彼女の、手。
あの日、私が背を向けた、彼女の、泣き顔。
私が、自分を守るために、捨ててきた、たくさんの、宝物。
葵の、前に、たどり着いた時、私の、足は、完全に、止まっていた。
彼女は、涙で、ぐしゃぐしゃの、顔で、でも、本当に、嬉しそうに、私を、見上げている。
「しおり…!おめでとう…!すごかった、本当に、すごかったよ…!」
その、純粋な、祝福の、言葉。
それが、私の心の、最後の、記憶の扉をこじ開けた。
ただ、昔、私が、そうであったように。
一人の、泣き虫な、女の子として、彼女の、前に、立った。
「………あお」
私のその、か細い声に、あおの瞳が、大きく、見開かれる。
「………ごめん」
私の瞳から、熱い、何かが、止めどなく、溢れ出した。
「ごめんね…っ!あの日、あおの手を離したのは、私なのに…!勝手に、いなくなって、勝手に、壁を、作って…!ずっと、一人で、苦しませて…!本当に、ごめん…!」
私の、その、嗚咽混じりの、謝罪。
それを聞いた、葵の瞳からも、再び、大粒の、涙が、零れ落ちる。
そして、彼女は、首を、横に、振った。
「ううん…!ううん、もう、いいの…!」
彼女は、そう、言って、私の、体を、その、小さな、腕で、力強く、抱きしめた。
「しおりが、戻ってきてくれたなら、それで、いい…!おかえり、しおり…!私の、大好きだった、いまでも大好きな、しおり…!」
その、温かい、感触。
その、優しい、声。
私が、ずっと、忘れていた、そして、心の、どこかで、ずっと、求めていた、もの。
私もまた、彼女の、その、小さな、体を、強く、強く、抱きしめ返した。
体育館の、喧騒の中、私たちは、ただ、そうやって、子供のように、声を、上げて、泣き続けた。
それは、長くて、そして、苦しかった、私たちの、過去との、決別であり、そして、新しい未来の、始まりを、告げる、あるいは、涙だった。