再戦(10)
第三セット。セットカウント、静寂 2 - 0 青木。
青木サーブから、始まる。
彼女が放ったのは、私の、予測通り下回転の、ロングサーブだった。
それは、私を台から下げさせ、そして、長いドライブの、打ち合いへと引きずり込む、という、明確な意志表示。
彼女は、確信しているのだ。この、体力勝負こそが、私を打ち破る、確実な方法だと。
(…やるしかない)
私は、そのサーブを、力強いドライブで返す。
そこから、第二セットの悪夢が、再び始まった。
青木桜が放つ、砲弾のようなドライブを、フォアへ、バックへと、凄まじい速さと、威力で、私を揺さぶってくる。
そのドライブは私の体力を確実に刈り取る。
それは、私の集中力を、確実に蝕む。
だが、私は心は、まだ、折れては、いけない。
ラリーが9本目を、超えた、その時だった。
彼女の、強烈な、ドライブが、私の体勢を、完全に、崩した。
青木桜は、ここぞとばかりにさらに攻勢を勤める。
私は体勢を、崩されながらも、その、ボールの、下に、滑り込み、そして、高く、高く、打ち上げる。
ロビング、それは、かつての私が、最後の最後まで食らいつくために使っていた、泥臭い、粘りの技術。
…しおり、私たちは、ここで負けるわけにはいかないよ。
青木桜のスマッシュが、何度も、何度も、私のコートへと叩きつけられる。
私は、それを、ただ、ひたすらに拾い続ける。
一球一球拾うたびに、私の、足が、悲鳴をあげる。
…まだ終わってないよ、私たちが諦めない限り、どこかに必ず、チャンスはある。
一球一球拾うたびに、私の、意識に、幻聴が聞こえる。
視界が、白く、点滅する。
この打ち合いの間、私には、幻聴にしては具体的すぎる声が、聞こえていた。
…私たちなら、勝てる…!
…あなたを間近で見てきた、私が保証する。
私の、執念という火に薪が投下される。
力を、振り絞らせる。
ラリーが、20本を、超えた、その時。
ついに、彼女の、足が、止まった。
焦りと、そして、疲労。
彼女が、放った、スマッシュが、私のフォア側に飛んでくる。
…ここを逃せば、チャンスはない…!
私は、それまで、ロビングを、上げ続けていた、その、守備の体勢から、一転、素早く、前に踏み込む。
そして、スマッシュを、私の、赤い裏ソフトの面が、完璧に、捉えた。
それは、かつて私が最も得意とした、シュートドライブ。
それは、しなり、そして加速し、本来のカーブドライブとは逆側へ大きく曲がる、対サウスポーに対するカウンター。
そのシュートドライブが、コートの、一番深い、隅へと、突き刺さった。
静寂 1 - 0 青木
静寂 2 - 0 青木
サーブ権が、私に移る。
私は、ショートサーブから、台上の、勝負を、仕掛けた。
桜選手は、私の、その、意図を、読み、自らも、台に、張り付き、応戦してくる。
そして、彼女は、私を、台から、離そうと、深い、ツッツキを、送ってきた。
その、戦術を、私は、待ってましたとばかりに、フルスイングで、カウンターした!
バックハンドでの、チキータ。
ボールは、彼女の、横を、駆け抜けていく。
静寂 3 - 0 青木
静寂 4 - 0 青木
4-0。私の、リード。
だが、私の、身体は、もう、限界だった。
立っているのが、やっとだ。
視界が、霞む。
思考が、まとまらない。
段々と、体力が、消えていくのが、分かる。
点数はリードしてるが、体力を削るという相手の作戦の術中だ。
(…もう、無理、かもしれない…)
私の、思考ルーチンが、敗北という、二文字を、表示した、その瞬間。
「しおりっ!」
観客席から、声がした。
葵の、声だ。
「諦めないで!あなたらしくない!最後まで戦って!」
その、声に私は、はっと、顔を上げた。
そうだ。
私は、まだ、戦っている。
私の、後ろには、仲間がいる。
そして、観客席には、私の、帰りを、待っている、過去がいる。
(…私たちで勝つよ、過去と今を束ねて…。)
私は、最後の、力を、振り絞り、ラケットを、握り直した。
ここからは、もう、技術でも、戦術でも、ない。
ただ、どちらの「執念」が、上回るか、という、それだけの、戦いだ。
…私の、朦朧としていた意識が私へと変わった気がした。
私の、本当の、最終決戦は、ここから、始まる。