第34話 嘲笑の運ゲー
いくつかの派手さや意外性のある技の試行を一通り終えた後、私の探求心は地味で派手。そして成功すれば相手の精神を確実に削り取るであろうある特定の技術へと向かっていた。
それは、卓球台の「際」を支配するという試み――「エッジイン・ネットイン・コントロール」
エッジイン……、つまり台の恥の角にぶつけることでボールがあらぬ方向に吹っ飛んで行くもの。
基本的に狙うのは現実的ではなく運が絡むと言われている。
しかし、ネットの白線にぶつけてネットインを起こしてからエッジに落ちるように調整すれば、ネットに当たったことにより白球のスピードはかなり落ちる。
つまり、考慮する変数が一つ消え、十分にエッジインを狙えるのではないか?というのが私の考えだった。
「部長。次は、ネット際、および台の端を狙った打球の精度を検証します。通常のラリーとは異なる軌道と球質になります」
私が静かに告げると、部長は訝しげな表情を浮かべた。
「ネット際だぁ?エッジだぁ?静寂、お前、そんなもん狙って打てるわけねえだろうが。卓球は運ゲーじゃねえんだぞ」
彼の言葉には、若干の侮蔑と、そして私の意図を測りかねるような困惑が滲んでいる。
「……確率の問題です。そして、その確率を極限まで高めるための試みです。また、相手に『狙っているかもしれない』と意識させること自体が、戦術となり得ます」
私は、冷静に反論する。
「へっ、理屈はご立派だがな……」
部長は、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「まあいい。お前のその『実験』とやらに付き合ってやる。だが、あんまり変なボールばっかり打って、俺をコケにするんじゃねえぞ」
と、釘を刺すことも忘れなかった。
私は頷きまず、彼に下回転のサーブを出してもらう。
私はそれを、スーパーアンチラバーの面で、ラケットを水平に近い角度で差し込み、ボールの下を薄く、そして短く「切る」のではなく「置く」ようなイメージで返球した。
狙うは、ネットの白帯すれすれ、相手コートの最も浅い位置。
トン……。
ボールは、私のラケットに軽く触れた後、勢いを失い、まるで力尽きたかのようにネットに向かって落ちていく。
……そして、無情にもネットにかかった。
……失敗。インパクトの強さ、ラケットの角度、ボールの回転。全てが数ミリ、数度のズレで結果が変わる。
「おいおい静寂、今のじゃただのネットミスだぜ?」
部長が、少し呆れたような声を出す。
私は何も答えず、次のサーブを要求する。
同じように、アンチでネット際にボールを置くように放つ。
今度は、わずかにボールが浮き、ネットを越えたが、相手にとって絶好のチャンスボールとなってしまった。
部長は、それを逃さず、強烈なフォアハンドで私のコートに叩き込んできた。
……これも失敗。高すぎた。相手の回転を完全に殺しきれていない。
あかねさんが、心配そうにこちらを見ている。
彼女のノートには、私の失敗の記録が刻まれていくのだろう。
私は、何度も何度も繰り返した。
ネットにかかる。浮いてスマッシュされる。台の横に大きく外れる。
成功する気配は、まるで見えない。
部長も、最初は面白がっていたが、次第に「おい静寂、本当にこれ、意味あんのか?」と、その声に苛立ちが混じり始めた。
だが、私の心は揺るがない。失敗のデータが蓄積されていく。その一つ一つが、成功への確率を、ほんのわずかずつだが、確実に高めていく。
そして、数十本目だっただろうか。
部長が放った、やや甘いツッツキに対して、私はスーパーアンチで、これまでで最も薄く、そして最も繊細なタッチでボールに触れた。ラケットとボールの接触時間はほんの僅か。
ボールは、まるで意思を持ったかのように、ネットの白帯の上を、するりと舐めるように通過し――
カツン。
乾いた、しかし確かな音が体育館に響いた。
ボールは、ネットインし、さらに相手コートのエッジぎりぎりに、信じられないような角度でバウンドし、コートの外へと消えていった。
「「…………え?」」
一瞬の静寂。
最初に声を上げたのは、あかねさんだった。
「い、今の…入りましたよね!?ネットインからの、エッジボール…!? し、しおりさん、今の、もしかして…」
彼女は、信じられないものを見たという表情で、目を丸くしている。
部長は、その場に立ち尽くし、ボールが消えていった方向を、ただ呆然と見つめていた。
そして、ゆっくりと私に視線を向けた。その瞳には、先ほどまでの苛立ちや侮蔑ではなく、純粋な驚愕と、そしてほんの少しの…恐怖にも似た感情が浮かんでいた。
「……静寂。お前…今のは……本気で、狙ったのか…?」
彼の声は、震えていた。
……成功。確率1%以下の事象が、現実のものとなった。だが、これはまだ、再現性のない「奇跡」に近い。
これを「技術」と呼ぶには、あまりにも多くの変数と不確定要素が残っている。
「…データの収集は、継続中です」
私は、感情を排した声で、そう答えるのが精一杯だった。
私の内心ではこの「奇跡の一打」が、私の「異端」の卓球に、新たな、そして非常に危険な可能性の扉を開いたことを、確かに感じ取っていた。
それは、相手を翻弄し、精神的に追い詰めるための、究極の「悪魔の囁き」のような技術になるかもしれない。
そして、それは同時に、私自身を、より深い孤独と予測不能な領域へと誘うのかもしれない。
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