再戦(6)
静寂 9 - 5 青木
私のサーブ、リードはしているが、私は一度彼女の猛追を経験している。
出来ればこの二本のサーブで決めきりたい。
後、二点。
私は、ボールを、手の中で、一度弄ぶ。
そして、これまでの、どの構えとも違う、モーションを、取る。
それは、私の実験台、最も多く、見てきた、あの男の構え。
部長の、あの全身のバネを、使った、パワーサーブの、構え、それを、私の体でも最大限力を引き出せるように、アレンジしたサーブ。
私が、そこから放ったのは、トップスピンの、素早いサーブ。
青木選手は、その質の高いサーブに、しかし完璧に、対応し、力強い、ドライブで、返球してきた。
ここから、素早いボールの、やり取りが、始まる。
素早いドライブを、中心に攻める、青木。
それに対し、私は、コントロールに特化した、ドライブを、軸に、応戦する。
そして、その、高速の、ラリーの、中で、私は、一瞬だけ、力を、抜き、ストップでの緩急を、つけた。
桜選手の、リズムが、僅かに、狂う。
その、高い、コントロールと、緩急によって、ラリーの、ペースは、完全に、私の、ものとなり、最後は、私が、紙一重で、その打ち合いを制した。
静寂 10 - 5 青木
セットポイント。
私の、二本目のサーブ。
…ここで決めきる…!
私は、もう一度、天高くに、ボールを上げ、大袈裟な、テイクバックから、サーブを、放つ。
私が最も信頼するサーブモーション、多くの異なる回転を同じモーションから打ち分けることのできる、予測を裏切るサーブ。
私が、放ったのは、この試合で、初めて、見せる、強烈な、下横回転のサーブ。
下回転と、見ていた、青木は、それに、あわせようと、ドライブの、モーションに、入ろうとするが、ボールは、バウンドの、タイミングで、大きく、横に、逸れていった。
彼女の予測は、完全に、裏切られ、ラケットは、空を切る。
静寂 11 - 5 青木
第一セット、終了。
…危なかった、もし下回転のサーブを放っていたら、強烈なカウンターを食らっていた。
そんな思いを他所に、私は、ネットの向こう側にいる青木選手に、一瞥もくれず、無言で、ベンチへと戻る。彼女もまた、無言で、自分の、ベンチへと、戻っていく。
私たちの、間に、言葉は、ない。
ただ、静かな、しかし、激しい、思考の、火花だけが、散っていた。
11-5。
スコアだけを見れば、圧勝。
ベンチに戻り、未来さんが、差し出してくれた、タオルで、汗を拭う。
ベンチに座り、身体を落ちつけようと、する。
その時、私は、身体の違和感に気づいた、いつもより体力の消耗が早い、バネのように酷使した足も、悲鳴を上げているように感じた。
そうだ。
あの、第一セットの、中盤。
青木選手が、仕掛けてきた、ドライブの応酬。
そして、私が、そこから主導権を奪い返すために、繰り出した、数々の奇策。
その、一球、一球に、私の、肉体と、そして、何よりも、精神が、すり減らされていたのだ。
私が、自分の、コンディションを、再分析していると、隣に座る、未来さんが、静かに、口を開いた。
「しおりさん、お見事でした。ですが、気になる点が、一つ。」
彼女の、声は、いつも通り、穏やかだ。だが、その、瞳には、鋭い、分析者の、光が、宿っている。
「あなたの、テイクバックから放つサーブ。あれに対し、青木選手の反応が、受ける度に、僅かに、早くなっています。」
「私の、観測では」と、未来さんは、続けた。
「彼女は、もうあなたの、大袈裟なモーションに、惑わされてはいません。むしろ、そのモーションの中から、いくつかの、可能性を割り出し、ある程度、ボールを、絞って、カウンター狙いをしている可能性が、高いです」
「今の、セットポイントは、あなたのサーブが初見だったから、取れました。しかし、同じ手が何度も、通用する、相手とは思えません。」
未来さんの、その分析。
それは、私が、漠然と感じていた、嫌な予感を、完璧に、言語化した、ものだった。
(…そうだ。彼女は、「慣れ」始めている。試合はもう二回目なのだから、当然といえば当然だ、しかし。)
私は、ラケットを、握り直した。
(これ以上彼女を、慣れさせる、訳には、いかない)
(この、試合、長引けば、長引くほど、私の、勝率は、低下していく。体力的にも、そして、戦術的にも)
ならば、答えは、一つ。
(…短期決戦だ。彼女が、私の、全ての技を駆使して、完全な、対応策を見つけ出す、その、前に、終わらせる)
インターバル終了を、告げるブザーが、鳴り響く。
私は、立ち上がり、未来さんを、見つめ返した。
「…ええ、未来さん。あなたの、分析通りです。このままでは、ジリ貧になる」
そして、私は、静かに、しかし、はっきりと、宣言した。
「短期決戦で仕留めます。彼女が、私の技に、慣れる、その前に。」
私の、その言葉に、未来さんは、静かに、そして、力強く、頷いた。
その、瞳には、「あなたの、その『解』を、信じます」という、絶対的な、信頼の、色が、宿っていた。
私は、その信頼を、背中に感じながら、再び、決戦の、舞台へと、足を踏み出した。
異端の白球使いをお読みいただきありがとうございます。そして、皆様、お待たせいたしました。
更新をお休みしている間も、作品を訪れ、待っていてくださった皆様、本当にありがとうございました。皆様の存在が、何よりの励みになりました。
体調はまだ万全ではなく、以前のような怒涛の更新は難しいかもしれませんが、書ける時に、書ける分だけ、少しずつでも物語を進めていきたいと思っています。
また、しおり達の物語を皆様と共有できることを、心から嬉しく思います。これからも、どうぞよろしくお付き合いください。