再戦(4)
静寂 5 - 3 青木
ネットの向こう側で、青木桜が、僅かに、驚愕の、表情を、浮かべている。
彼女の、その、完璧な、卓球は、私の、相手すらも、利用する奇策の前に、その、前提すらも、破壊されようとしていた。
サーブ権が、彼女へと移る。
彼女は、深く、息を吸い込み、そして、その、瞳に、再び、絶対的な、女王としての、光を、取り戻した。
彼女が、放ったのは、これまでの、短い、サーブとは、全く、異なる、横回転の、ロングサーブ。
それは、私を、台から、下げさせ、そして、長い、ドライブの、打ち合いへと、引きずり込む、という、明確な、意志表示。
(…なるほど。小手先の、心理戦では分が悪い、と、判断した、というわけですか)
そうだ。彼女は、戦術を、切り替えてきたのだ。
この、試合を、私の、土俵である、「頭脳戦」から、彼女の、土俵である、「力戦」へと、移行させるために。
彼女の、サーブを、私が、ドライブで、返す。
そこから、凄まじい、ラリーの、応酬が、始まった。
彼女は、左右に、私を、揺さぶって、私の、体力を、奪う作戦だ。
フォアへ、バックへ、と、強烈な、ドライブが、何度も、何度も、私を、襲う。
数回、その、ドライブを、打ち合った、後。
彼女が、フォアサイドから、強烈な、ループドライブを、放ってきた。高い、弧を、描き、そして、私の、コートで、高く、弾む、ボール。
…今しかない…!
私は、その、彼女の、作戦を、完全に、却下するように、一歩、前に、踏み込む。
そして、バウンドしてすぐ、ボールが、頂点に行く前に、ラケットを、黒いアンチラバーの面で、ただ、水平に、弾いた!
アンチラバーでの、ライジング気味の、カウンター攻撃。
ボールは、回転を、失い、そして、一直線に、彼女の、逆サイド、フォアの、オープンスペースへと、突き刺さった。
「…っ!」
彼女は、その、あまりにも、常識外れの、タイミングと、弾道に、反応することすら、できなかった。
静寂 6 - 3 青木
青木選手の、二本目のサーブ。
彼女は、しかし、自分の、作戦は、間違っていないと、考えている。
そうだ。今の、一球は、ただの、奇策。何度も、通用するものではない。
彼女は、もう一度、同じ展開から、今度は、彼女の、最大の、武器である、カーブドライブを、中心に、私を、揺さぶってきた。
フォアへ、バックへ。
そして、その、合間に、鋭く、曲がる、カーブドライブ。
それは、まさに、女王の、ワンサイドゲーム。
私は、その、圧倒的な、攻撃の、前に、ただ、必死に、食らいつくのが、精一杯だった。
私の、体力と、そして、集中力が、確実に、削られていく。
そして、ラリーが、10本を、超えた、その時だった。
彼女は、一歩、深く、踏み込み、そして、渾身の、スマッシュで、私の、コートを、撃ち抜いた。
懸命に拾おうと私は逆サイドに回る、しかし、私のラケットは無情にも空を切った。
青木の、得点となる。
静寂 6 - 4 青木
(…やはり、強い)
私は、肩で、息をしながら、ネットの向こう側の、彼女を、見つめた。
(単純な、力勝負に、持ち込まれれば、私に、分が悪い。だが、今の、攻防で、データは、取れた)
サーブ権が、再び、私へと、移る。
私の、本当の「実験」は、いつだって劣勢から始まる。
静かに、私は次の作戦を思考する。