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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
338/674

仮面の下の記憶

 トーナメント表が、更新され、次の、第四回戦…準決勝の、相手が、確定した。


 静寂しおり vs 常勝学園・青木 桜


 第五中学・部長 vs 朝久学園・矢口


 私たちの空気は、決戦を前にした、戦場のそれに、近かった。


 部長は黙々と、しかし、その一挙手一投足に、闘志を、みなぎらせながら、ストレッチを、繰り返している。


 その、隣で、あかねさんと、未来さんは、二人、顔を、寄せ合い、タブレット端末を、食い入るように、見つめていた。


 そこには、おそらく、あらゆる戦法とその対策をまとめた、作戦メモ、その、全てを、少なくとも、どんな相手だろうと、対策のページをすぐに引けるように覚えようとしているのだろう。


 私は、そんな三人の様子を、少し離れた、場所から、ただ、ぼんやりと、眺めていた。


 私の、隣には、当然のように、葵が、座っている。彼女は、何も、言わない。ただ、静かに、私の、そばに、いるだけ。


(…青木桜)


 その、名前を、反芻するだけで、私の、思考ルーチンに、県大会決勝の、あの、死闘の、記憶が、フラッシュバックする。


 あの、絶対的な、「フロー」。


 私の、「異端」を、完全に、打ち破った、あの、圧倒的な、力。


 そして、追い詰められ、敗北の、淵に、立たされた、あの、絶望感。


(…勝てる、のか?)


 私の思考に、明確な「弱気」という、ノイズが混じる。


 あの、試合。私は、確かに、勝った。だが、それは、私の、ロジックが、彼女を、上回ったからでは、ない。


 ただの、偶然。


 最後の、最後に、運が、私に、味方しただけだ。


 青木桜は、私よりも、格上だ。


 その、冷徹な事実が、私の、心を、重く、支配する。


 私は、無意識のうちに、隣に座る、葵へと、視線を、向けた。


 そして、ほとんど、自分でも、気づかないうちに、その、名前を、呼んでいた。


「………ねえ、あお」


 その、あまりにも、懐かしい、響きに、私自身が、驚く。


 私の、口から、敬語が、消えている。


 葵が、驚いたように、顔を、上げた。


「……うん?どうしたの、しおり」


 彼女もまた、まるで、昔に、戻ったかのように、ごく、自然に、私の、名前を、呼んだ。


「………覚えてる?」


 私の、声は、か細く、震えていた。


「小学2年の、ころ。私が、まだ、引っ越してきて、すぐの頃。あおが、クラスの、みんなから、仲間外れに、されてたこと」


 葵の、瞳が、大きく、見開かれる。


「私は、最初見てるだけだった。あなたと、関われば、今度は、私が、同じ目に、遭うと、分かっていたから。それが、最も、安全だと思ってたから」


「でも」と、私は、続ける。


「ある日、あなたが、一人で、泣いているのを、見て、私は、私の、安全位置にいたいという思いを、自分の意志で、破った。あなたに、声を、かけた。そして、案の定、次の日から、仲間外れの、ターゲットは、私に、変わった」


 葵の、瞳から、一筋、涙が、零れ落ちるのが、見えた。


「…それでも、後悔は、してなかった。一度も。だって、その、出来事が、あったから、私は、あおと、友達に、なれたんだから」


 そうだ。


 あれが、私の、始まりだった。


 私が、初めて、他者のために、行動し、そして、「友達」という、温かい、変数を、手に入れた、瞬間。


 葵は、その、潤んだ、瞳で、私を、じっと、見つめている。


 彼女の、心の中に、あの日の、光景が、蘇っているのが、分かった。


 一人ぼっちで、泣いていた、自分。そこに、現れた、転校生。その、小さな、女の子が、自分に、差し出してくれた、不器用な、優しさを。


 それが、彼女が、私を、好きになった、きっかけだった、ということを。


 彼女は、何も、言わない。


 ただ、そっと、私の手を取り、そして、その、手を、強く、強く、握りしめた。


 その、温かさが、私の、冷え切った、心の、奥底へと、ゆっくりと、染み渡っていく。


「……うん。知ってるよ、しおり」


 彼女は、涙声で、しかし、力強く、言った。


「あなたは、昔から、ずっと、そうだった。誰よりも、優しくて、そして、誰よりも、強い子だった」


「だから、大丈夫。今の、あなたも、絶対に、勝てるよ」


 その、言葉に、私は、何も、返せない。


 ただ、握られた、手の、温かさを、確かめるように、少しだけ、強く、握り返した。


 私の、氷の仮面は、まだ、そこにある。


 だが、その、下の、心は、確かに、今、ほんの、少しだけ、温かくなっていた。

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