三回戦?
「…三回戦の、組み合わせを、確認しに行きます。」
私がそう言って、立ち上がろうとした、その時だった。
「あの、しおり…」 葵がどこか、不思議そうな顔で、私に話しかけてきた。
「忘れてるかも、しれないけど…。しおり達は、県大会の、優勝者だから、シードされてるでしょ?だから、しおりが言ってる、三回戦って、トーナメント全体で、見たら、もう、四回戦だよ?」
(…シード。第一回戦は、不戦勝。私にとっての、一回戦は、大会の二回戦。二回戦は、大会の三回戦。つまり、次の、試合は…四回戦。…彼女の、言う通りだ。私の、認識に、エラーが、あった)
「そう言えばそうだな!忘れてたぜ。」
部長もあまり違和感なく三回戦だと思っていたようだ。
私が、自分の計算ミスを修正していると、隣で、あかねさんが、ぽん、と、手を叩いた。彼女も抜けていたらしい。
「そういえば、しおりちゃんも、部長先輩も、県大会で、優勝したから、シード選手なんだ!すごい、すごい!だから、試合数が、少ないんだね!」
その、あかねさんの、感心したような、言葉に、葵が、どこか、誇らしげに頷いている。 まるで、自分のことのように、私の、ことを、自慢しているかのようだ。 その、姿に私の、胸の奥が、またほんの少しだけ、温かい、ノイズで、満たされていく。
私たちは、全員で、トーナメント表が、張り出されている、壁へと、向かった。 そして、私の、名前の、その、次の、対戦相手の、欄に、記されている、学校名と、名前を、確認する。
未来さんが、静かに、そして、鋭く、その、名前を、読み上げた。
「…しおりさん。四回戦の、お相手…。常勝学園の、青木選手です」
その、言葉に、その場にいた、全員の、空気が、一瞬で、引き締まった。
常勝学園。青木選手。
県大会の、決勝で、私が、死闘を、演じた、絶対的な王者。
私の、隣で、あかねさんが、ごくりと、喉を鳴らすのが、分かった。
私は、その、学校名を、ただ、じっと、見つめる。
そして、静かに、呟いた。
「……やはり、上がってきましたか。」
その、私の声には、恐怖も、動揺もない。
ただ、その、再戦が、必然であることを、確認するような、冷たい、響きだけが、あった。
「…部長先輩の、相手は…?」
あかねさんが、緊張した、面持ちで、今度は、男子の、トーナメント表を、目で、追う。
その、彼女の、視線を、追いかけるように、葵が、隣から、ひょいと、顔を、出した。
「あ、部長さんの、相手は…朝久学園の、矢口っていう、選手、ですね」
矢口…。
私の、データベースには、ない、名前だ。
「葵。知っていますか、その選手を」
私が、そう、尋ねると、葵は、首を、横に、振った。
「いや、知らない名前かなー、学校名は、うちの県の強豪校の名前だったと思うけど…。いずれにしても、ここまで勝ち上がってきている、ということは、実力は確かだろうね!」
その言葉に、それまで黙って、トーナメント表を睨みつけていた部長が、ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。
「知らねえ相手か。上等だ。」
彼は、拳を握り、楽しそうに話す。
「当たってからの、お楽しみだな。」
その、彼の、どこまでも、前向きで、そして、力強い、言葉。
それに対し、あかねさんが、「もう、部長先輩は!」と、呆れながらも、どこか、嬉しそうに、笑っている。
その、いつも通りの、光景。
私は、再び、自分の、対戦相手の、名前へと、視線を、戻した。
青木桜。
県大会の、あの、死闘が、脳裏に、蘇る。
あの、絶対的な、「フロー」。
そして、その、裏で、動いていた、見えない、悪意。
私の、唇の、端が、ほんの、わずかに、吊り上がった。
それは、誰にも、気づかれない、氷のように、冷たい、笑み。
「…しおりちゃん…?」
あかねさんが、私の、その、変化に、気づき、心配そうに、声をかける。
私は、彼女に、向き直り、そして、静かに、しかし、はっきりと、宣言した。
「ええ、問題ありません。県大会では、少し、遊ばれすぎましたから」
「今度こそ、完勝してあげますよ」
その、言葉には、一点の、感情も、ない。
ただ、勝利という、結果だけを、求める、冷たく、鋭利な意志。
私の、本当の「実験」は、ここから、始まるのだ。