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異端の白球使い  作者: R.D
ブロック大会編
335/674

勝利と重り

 俺は、天に向かって、拳を突き上げた。


 勝った。


 俺たちが、勝ったんだ。


 ネットの向こう側で、空知が、膝に手をつき、悔しそうに、しかし、どこか、清々しい顔で、息を整えている。


 俺たちは、ネット際に歩み寄り、固い握手を交わした。


「…いい試合だった。強かった、部長くん。」


「お前もな、空知。最高の試合だった。ありがとうな。」


 お互いの健闘を、称え合う。そこには、ただ、一人の選手としての、純粋なリスペクトだけが、あった。


「――部長せんぱーい!おめでとうございます!」


 ベンチから、あかねが、泣き笑いのような、顔で駆け寄ってくる。


 俺は、その頭をわしわしと撫でてやりながら、観客席にいる、仲間たちの、元へと、向かった。


 しおりも、未来も、そして、いつの間にかすっかりチームに馴染んでいる、日向も、俺の勝利を喜んでくれているだろう。


 日向、俺はお前のチームメイトを脱落させた訳だが、それでいいのか?


 観客席の、一角。


 二人がこちらを、見て、拍手を送ってくれていた。


 俺は、その二人と静かに座っているしおりの元へと、歩み寄る。


「おー、しおり!未来!日向も、応援サンキューな!」


 俺がそう言うと、未来が、静かに微笑んで頷いた。


「お見事でした、部長さん。本当に素晴らしい、試合でした」


 だが、俺は、すぐに気づいた。


 その場の空気の、ほんのわずかな「違和感」に。


 しおりだ。


 彼女は、確かにこちらを見ている。だが、その表情は、いつも以上に、能面のようで、どこか遠くを見ているような、そんな、空虚な感じがした。


(…なんだ?どうしたんだ…?)


 以前の彼女なら、俺がこんなギリギリの試合をしていれば、試合後必ず「非効率的です」だの、なんだのと、皮肉の、一つや二つ、言ってきたはずだ。


 だが、今の彼女には、その棘がない。


 以前の時のような、負けたときの焦燥感は、見えなかったが、それ以上に、何の感情も、読み取れないのだ。


「…その様子だと、そっちも勝ったみたいだな。お疲れさん。」


 俺は、努めて明るく、彼女に声をかけた。


「…だが、なんだ?何か、あったのか?」


 俺の、その問いに答えたのは、しおりでは、なかった。


 未来が、静かに状況を、説明し始めた。


「はい、部長さん。しおりさんは、二回戦勝利しました。ですが、その決着の、仕方が、少し、特殊でして…」


 未来は、第一セットが、11-0であったこと、そして、相手の田中選手が、インターバル中に、棄権を申し出たことを、淡々と語った。


 その、未来の言葉に、隣にいた葵が、被せるように、言った。


 その声には、時間が大分空いているにも関わらず、まだ抑えきれない、憤りが、滲んでいる。


「棄権、じゃありません。逃げたんです、あの子は。県大会チャンピオンの、しおりと、戦う、誇りも覚悟も、ないただの、臆病者です!」


 その、葵のあまりの、剣幕に、俺とあかねは、ただ、圧倒される。


(…こいつの、しおりへの、想いは、一体、なんなんだ…)


 俺は、その会話の中心にいるはずの、しおりへと、視線を、戻した。


 彼女は、何も、言わない。


 ただ、黙って、自分のラケットケースを、見つめている。


 その横顔は、いつも通り、無表情だ。


 だが、そのあまりにも、静かすぎる、その姿が、俺に、言いようのない、違和感を、感じさせた。


 まるで、心が、ここにない、みたいだ。


「…しおり。問題ない、ってんなら、いいんだが…」


 俺が、そう言うと、彼女は、初めてゆっくりと、顔を上げた。


 そして、ほんのわずかに、首を傾げ、そして、静かに、言った。


「…はい。問題、ありません。全て、合理的な、帰結です」


 その、言葉。


 その、表情。


 全てが、いつも通りの、彼女のはずだった。


 なのに、なぜだろう。


 その、氷の壁の反対で、彼女が、たった一人で、泣いているような、そんな気がして、ならなかった。



 俺は、それ以上、何も、言えなかった。


 ただ、この複雑で、そして不器用な俺の、後輩たちを、主将として、どう、導いていけばいいのか。


 その、答えの出ない、問いだけが、勝利の高揚感の、代わりに、俺の胸に、重くのしかかっていた。



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