死闘(2)
部長 15 - 15 空知
体育館の、全ての、音が、消え去ったかのようだ。
聞こえるのは、俺と、ネットの向こう側に立つ、空知の、荒い、呼吸音と、そして、俺自身の、早鐘を打つ、心臓の音だけ。
15-15。
あと、2点。
この、2点を、先に、取った方が、この、ブロック大会の、頂点に、立つ。
だが、その2点があまりにも遠い。
(…ちくしょう。また、デュースかよ…)
俺は、汗で、滑る、ラケットを、握り直し、内心で、悪態をつく。
観客席にいる、しおりの、あの、呆れ顔が、目に、浮かぶようだ。
「また、デュース合戦ですか?非効率的ですね」と、そう、言われている、気がする。
だが、仕方ねえだろ。
目の前の、空知という、男は、それほどまでに、強い。
俺の、渾身の、パワーショットを、あいつは、涼しい顔で、的確な、カウンターで、切り返してくる。
かと思えば、俺が、繰り出す、YGサーブや、ナックルサーブにも、驚異的な、適応力で、食らいついてくる。
隙が、ない。
俺のサーブ。
俺は、渾身の、力を込めて、パワーサーブを、叩き込んだ。
長い、長い、ラリーの末、俺は、なんとか、その、ポイントを、もぎ取った。
猛 16 - 15 空知
空知のサーブ。
もう、何度目か、分からない、デュース
(…体力勝負なら負ける気はしねえが、俺のパワーとループドライブでの緩急の取り入れに、空知が慣れてきていやがる…このままでは、いずれ負けちまう。)
俺は、観客席の、仲間たちへと、一瞬だけ、視線を、送った。
ベンチで祈るように、俺を見つめる、あかね。
静かに、しかし、鋭く、戦況を、分析している、未来。
そして、瞳の奥で、静かに、この戦いの、行方を、見つめている、しおり。
(…そうだ。あいつなら、この、膠着した、状況を、どう、切り抜ける…?)
俺の脳裏に、あの、しおりとの、練習風景が、蘇る。
彼女の、あの、常識外れの、卓球。
しおりは非力だ、身長や体力、様々なハンデを背負ってる、それでも、リズムを変え、緩急をつけ、相手の予測を、裏切り続け、食い破る。
しおりなら、この状況、対処するなら予測を裏切るんじゃないか?
(俺の変化技は精度低い、一度見せたら対処されちまうだろう、だから一度きりの、切り札。今、ここで、使うしか、ねえ…!)
俺は、サーブを、打った。
それは、いつもの、パワーサーブ。
空知は、それを、予測通り、力強い、ドライブで、返球してくる。
ここから、パワー vs パワーの、壮絶な、打ち合いが、始まった。
「パァンッ!」「バァンッ!!」
互いの、全てを、叩きつけるような、ラリー。
そして、ラリーが、7本目を、超えた、その時。
空知の、ドライブが、俺の、フォアサイドへと、深く、突き刺さる。
(――今だ!)
俺は、それに対し、ドライブで、応戦しない。
それまで、大きく、振っていた、ラケットの、動きを、一瞬で、殺す。
そして、その全身の力を抜き、コンパクトな、モーションで、ボールの、下を、鋭く、切った!
しおりの、デッドストップを、真似た、強烈な、下回転の、ストップ!
しおりの、あの、魔術のような、デッドストップより、精度はあまり、よくなかったが、この、凄まじい、スピードで、展開されていた、パワーの打ち合いに、緩急を、つけるには、十分だった。
「なっ…!?」
ネットの向こう側で、空知が、驚愕の声を上げる。
彼の、体は、俺の、次の、パワーショットを、予測し、完全に、打ち合いの、体勢に、入っていた。
その、彼の、予測を、俺の、この、あまりにも「らしくない」、一球が、完全に、裏切ったのだ。
彼は、慌てて、前に、駆け込む。
そして、その、低い、ボールを、なんとか、ラケットに、当てて、拾い上げた。
とっさの、ロビングで、時間稼ぎをするが、その、返球は、甘い、返しになってしまう。
俺の、目の前に、ふわりと、上がった、白い、ボール。
それは、まるで、スローモーションのように、見えた。
(…もらった!)
俺は、その、絶好の、チャンスボールを、見逃さない。
一歩深く踏み込み、そして、全身のバネを、使って、ありったけの、力を、込めて、その、白球を、叩きつけた!
ボールは、雷鳴のような、音を立てて、相手コートに、突き刺さった。
部長 17 - 15 空知
その、一点が、この、長かった、死闘の、終わりを、告げた。
俺の、勝利。
俺たちの、勝利だ。
俺は、天に、向かって、拳を、突き上げた。
しおり。未来。あかね。
そして、後藤。
あいつら、全員の、顔が、脳裏に、浮かんでいた。
この、勝利は、俺たち、全員で、掴み取ったものなんだ。
俺は、そう、心の中で、叫んでいた。